マジックタートル
かつて石原克治がこの世界に落とされた山で、一匹獣が今だ冷めぬ怒りを胸に木々の間を歩いていた。
彼にとっての唯一の敗北。
そして、それを与えた人間にひれ伏してしまいそうに自分。
この山の主とまでなり一族を率いる彼にとって許しがたい感覚だったのだろう。
そんな彼が地面に落ちていた赤い木の実のような物を何気なく口にしてしまった。
山に叫び声のような獣の鳴き声が響く。
山の木々の間にうずくまる彼は、もはや獣の姿はしていなかった。
獣の面影を残しながら、人型にまで進化をしていたのだ。
彼が口にした魔法の丸薬。
マディウスだからこそ劣化した脳味噌を回復させるに留まったが、普通の生き物には強烈な効果を与える物だった。
その効果のは、死を与えるほど強烈な物だが彼はそれを乗り越え進化を手に入れることが出来た。
彼は自分の妻たちを呼び、それぞれに種を残した。
そして、数多くの妻たち全員が子を宿したのを確認すると彼は一人山を下りた。
かつて自分に敗北を与えた人間に再会するために......。
****
俺はマッサージの仕事で衛兵詰め所を訪れていた。
そこでアオイさんが体調不良で休んでいると聞いて、俺は嫌な予感を感じる。
(まさか俺の依頼を......)
後になって考えれば、俺の行為は金で危険を他人に押しつけたようなものだった。
それが世の中の理だと言われればそうなのかもしれないが、俺は何とも言えない罪悪感に襲われていた。
自分のせいでアオイさんが危険を冒しているかもしれない。
そう考えたら、居ても立っても居られずにマッサージの仕事を早めに切り上げさせて貰い帰宅するのだった。
途中で寄ったアオイさんの家は留守のようだった。
俺の予想は確信に変わる......。
(俺も迷宮島に行こう)
俺はそう思い、家へと急いだ。
****
「おかえり」
家の前には巨大な亀の死体の上に座るアオイさんの姿があった。
「......なんでですか?。なんで、そんな......」
俺は彼女の姿に言葉が詰まった。
彼女の身体には切り傷や火傷の跡があり、左腕には包帯が巻かれ血が滲んでいた。
「ん? 欲しかったんだろう? 少し手強かったが久々に楽しめた」
アオイさんは何事も無かったかのような口調と表情でそう言った。
俺はセリアの目も気にせずにアオイさんを抱きしめていた。
「金貨50枚じゃ確かに安い。追加報酬が欲しい」
アオイさんは俺に抱きつかれながら、耳元で息を吹きかけるようにそう言った。
俺はその日、自分からアオイさんを抱いた。
セリアは何も言わずに、下の階で行為が終わるのを待っていてくれた......。
「セリアに10回稽古するよりは楽。カツはチョロイな」
1階のリビングでお茶を飲みながらアオイさんがそう言った。
「セリア、すまん」
俺は深々とセリアに頭を下げる。
「まあ、しょうがないよね。
でも、第一夫人は譲りませんからね」
セリアはアオイさんに向かってそう言う。
俺は、ありがちなキーワードに視線を上げる。
「え? 第一夫人? 第二もあるのか?」
俺の言葉にセリアが狼狽える。
「え? 私が第一夫人よね? ねえ?」
セリアは俺の肩をガクガクと揺すり聞いてくる。
「ふふ、興味は無いがチャンスはある」
アオイさんは不敵に笑っている。
俺はセリアを落ち着かせて、話しをする。
やはり、この世界。
というか、ワルドハート王国では一夫多妻制のようだ。
「まあ、セリアが第一夫人で......」
俺の言葉にセリアの顔が綻び、アオイさんが舌打ちをした。
「カツと出来ればなんでもいい」
アオイさんの言葉は少し強がっているようにも聞こえた。
(とりあえず、マジックタートルの処理をするか......)
肉は固く、甲羅も世間では使い道のない素材なので嫌遠される魔物なのだが。
とりあえず肉を切り分けてみることにした。
負傷しているアオイさんには風呂にでも入っていてもらい、俺とセリアでマジックタートルを解体していく。
庭先で薄暗いなか行われた作業に近隣から奇異の視線を送られる。
甲羅は陶器のように強い衝撃で割れてしまう。
アオイさんの話しだと、生きているときは彼女の剣も弾かれたらしい。
甲羅を外し、皮を剥いでいく。
残った肉の部分は意外に少なかった。
台所に置かれた肉を前に、固い肉という話しからどう処理するかを考える。
(とりあえず叩いて、あとはビールかな)
セリアにビールを買いに行って貰い、俺と言えばミートハンマーの形状に変化させた右腕で肉を叩いて行った。
その後、ビールに10分ほど漬け込み、調味料を振りかけて焼いてみる。
その様子にセリアは驚いていた。
「ビールに漬けちゃうの?」
「ああ、これで肉が柔らかくなるんだ」
「へ~」
アオイさんはすでにテーブルに着いて肉が焼けるのを待っている。
焼けた肉を皿に乗せ付け合わせの野菜を盛りつけるとマジックタートルのステーキは完成した。
「見た目と匂いは美味しそうだね」
「うん」
「まあ、食べてみようか」
その時、アオイさんが表情を険しくして身構える。
次の瞬間、家の扉が開けられると見知らぬ男がそこに立っていた。
獣のような印象を感じさせる男は俺を睨みつける。
アオイさんはすでに椅子から立ち上がり身構えている。
高まる緊張の中。
ぐぅ~
男の腹から空腹を伝える音が家中に鳴り響く......。
「た、食べます?」
俺は、恐る恐るマジックタートルのステーキの乗った皿をその男に差し出してみた。




