冒険者ギルド(依頼)
「少しはシャキっとしたかジジイ」
「ジジイと呼ぶな! まあ、何とか頭は冴えてきたわい」
『迷宮島』で遺跡の秘密の通路から宝物庫に入った二人は、財宝には目もくれずに不気味に赤く光る丸薬の入った瓶を持って、その場を立ち去った。
「昔、戯れで作った薬が役に立つとはのう」
「ジジイは基本、戯れで動いている」
「......うるさい。真理の探究とはそういうものなのじゃ」
テクテクと森の中を進むマディウスとサニティ。
「......どこに向かっている?」
「......さあ?」
「迷ったのか......」
「真理の追求には迷うことも必要なのじゃ」
その時、マディウスが木の根に足を取られ、盛大に転んだ。
「ジジイは足下が弱い」
「うるさい! 手を貸さんか!」
「ほれ。......薬がこぼれたぞ」
マディウスの懐から落ちた瓶は砕け、魔法の丸薬を周囲にばら捲いていた。
「なんと! 急いで拾うのじゃ!」
「まったく......」
サニティは呆れた様子で丸薬を拾っていく。
「一つも見逃してはいかんぞ!」
そう言うマディウスの足の下にあった丸薬に二人は気づくことが出来なかった。
****
俺はその日、セリアを見送ると『闇の触手』で一気に家事を終わらせる。
そして、まだ暑さの残るなか涼しい部屋で本を開いていく。
開いたページは『魔力蓄積器』
魔法の乾電池といった所だろうか......。
魔法は存在するが、思ったほど普及していない。
魔力が多い人間が少ないのが原因なのだろう。
実際、ここグレイポートの西地区で魔法使いと呼べるほどの人物は俺以外には居ないそうだ。
俺にしても、使う魔法が特殊な上に、ほぼ衛兵詰め所内でしか使わないために、世間からは魔法が少し使えるらしい、という評価に留まっている。
世間には魔力を流すだけで魔法が発動する道具もあるそうだ。
この魔法の乾電池と組み合わせれば、魔法文化に革命が起こせるかもせれない。
だが、なぜこんなに便利な物が普及していないのか。
おそらく、作成の段階で膨大な魔力を必要とするからだろう。
実際、自分の魔力がどれほどあるか分からない俺には、これが作れるかどうか分からない。
材料は少々特殊な物が多かったが、薬屋のディックの協力でほぼ揃えることが出来た。
残り一つの材料は『マジックタートル』の甲羅だ。
『マジックタートル』
この地域では『迷宮島』で見ることが出来る魔物で、堅牢な防御に加え魔法での攻撃をしてくるやっかいな魔物だ。
その甲羅は堅牢さから防具になると思いきや、死んだ瞬間に堅さが失われて脆くなると言う。
ディック曰く、狩猟するには割に合わない魔物らしい......。
動きの遅さから、冒険者も見かけると避けるのが常識となっていて、市場には出回らないらしい。
俺は、最後の素材を手に入れるために本を閉じると椅子から立ち上がった。
目指すは中央地区『冒険者ギルド』
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思えばグレイポートに来てから他の地区に一人で出掛けるのは初めてだった。
俺は多少の不安を感じながら、町の路地を進んでいく。
そして、不安が大きくなるにつれて俺の足は目的地とは違う方向に向かっていた。
目の前には西地区の衛兵詰め所。
(誰かに付いてきてもらおう......)
「すいませ~ん」
詰め所に入ると、ドランさんが丁度机で書類に何か書き込んでいる。
書類と格闘している様子のドランさんが、俺の声に顔を上げる。
「おお、カツじゃないか。今日は来る日じゃないよな?」
「ええ、ちょっと冒険者ギルドまで行きたくて......」
「ん? ああ、一人で不安なんだな」
「まあ、そんな感じで」
「行ってやりたいが、こいつの処理が溜まっててな......」
ドランさんが持ち上げた書類には色々な数字が書き込まれては消されていた。
どうにも、この世界の人たちは計算が苦手なようだ。
商売をしている薬屋のディックなどはそうでもないが、セリアも家計簿と悪戦苦闘している所を手伝った事がある。
「見せてもらってもいいですか?」
「ん? まあ、カツならいいだろう。どうにも結果が合わなくてな」
「どれどれ、......こことここが間違ってますね」
「なに? 本当だ、計算が速いな」
俺も、まさか小学校から習っていた算盤がこんなところで役に立つとは思っていなかった。
結局5枚ほどの書類の処理を行いドランさんの仕事を手伝うと、すっと机の上に新しい書類が滑り込んできた。
「これも......お願い」
声の主はアオイさんだった。
少し恥ずかしそうにしているアオイさんは新鮮で、可愛らしく見えた。
「はは、分かりました」
俺はアオイさんの書類も処理してあげた。
その日、珍しく計算ミスのない書類に隊長のライナさんが一人驚いていたという。
「じゃあ、行くか」
ドランさんはすっきりとした表情で椅子から立ち上がった。
「よろしくお願いします」
「ん? どこへ?」
アオイさんが首を傾げる。
「ああ、カツが一人で冒険者ギルドに行くのが不安だって言うんでな。セリアも見回りに出てるから、俺が付いていってやろうと思ってな」
「私も行く」
「え? 副隊長が二人共居ないのはまずいだろう」
「私も行く」
こうなるとアオイさんが譲らないのは俺でも知っていた。
「......まあ、少しなら平気だろ。隊長も書類の確認で時間が掛かるだろうしな」
ドランはアオイさんと俺を二人きりにするのを危険と感じたのか、一緒に行くことに決めたらしい。
珍しくミスの無い書類の確認がいつもより早く終わることを、この時2人は知らなかった。
「うん、行こう」
アオイさんが少し表情を緩ませてそう言った。
****
俺とアオイさんとドランさんという奇妙な組み合わせで通りを中央地区に向かって進んでいく。
「で? 冒険者ギルドになんの用なんだ? 冒険者になってみるのか?」
歩きながらドランさんが聞いてくる。
「いえ、依頼を出してみようかと」
「ほう、どんな依頼だ?」
「マジックタートルの甲羅が欲しいんですよ」
「......それは厄介だな。金が掛かるかもしれないぞ」
「ほ、本当ですか」
「ああ、あれは厄介な魔物だからな。それなりに報酬も出さないと受けてもらえないぞ」
「まじか~」
どうやら俺の見積もりが甘かったようだ......。
「取りに行くぞ」
「「え?」」
アオイさんの言葉に俺とドランさんは綺麗にハモった。
「取りに行くぞ」
「いやいや、取りに行くって......。ダメだアオイ。今は仕事中だし衛兵の格好のままだ。それに迷宮島までは船で1日掛かる」
珍しくドランさんが厳しい口調でそう言った。
「......むう」
アオイさんは押し黙って俺に視線を向けてくる。
「ま、まあ。とりあえず依頼を出してみますよ」
「そうだな、金額が低くても物好きが受けてくれるかもしれないしな」
俺たち3人はそのまま冒険者ギルドへと向かった。
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中央地区、冒険者ギルド。
そこは、俺の想像とは違い役所の受付のような感じを受けた。
中には柄の悪そうな人達も居るが、衛兵二人に守られた俺には近寄るどころか視線すら向けてこなかった。
(後ろめたいと言っているような態度だな)
俺はドランさんに教えてもらいながら、依頼の書類を作成していく。
「この金額だと受注は難しいかもしれませんがいいですか?」
受付の男性が、感情のない口調でそう告げた。
「......やっぱり厳しいですか?」
俺が提示したのは金貨50枚だった。
「そうですね、マジックタートル自体が厄介な魔物というのもありますが、比較的迷宮の奥に生息していますので」
「は、はあ」
「依頼の掲示には報酬の10%が必要になりますがどうしますか?」
「......お願いします」
こうして俺は、金貨5枚を受付の男性に渡して、マジックタートル狩猟の依頼を出すと家路に着いた。
その後、詰め所を空けた二人がライナ隊長に叱られていたというのを帰宅してきたセリアに聞くことになるのだった。




