第3話 ベルリン士官学校入学
「グロース士官学校で、このアイデアをもう少し現実的に練り上げてみるのも悪くないだろう。私が推薦状を書いてやろう」
シュリーフェン伯爵の言葉に、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
ついに、計画の第一歩を踏み出すことになったのだ。
1911年春、ベルリン・グロース・リヒターフェルデ士官学校の面接会場。
緊張感の漂う廊下には、志願者たちが自分の名前が呼ばれるのを待ちながら、それぞれ硬い表情で立っていた。
俺、エルヴィン・ロンメルも彼らの一人だった。
窓の向こうから春の陽射しが柔らかく差し込んでいたが、この場の空気は妙に重かった。
待っている間、一人の青年が目に留まった。
緊張のせいか、青白い顔で壁にもたれて立っており、手はかすかに震えていた。
その時、扉が開き、一人の将校が出てきて、断固とした口調で言った。
「ヴァルター・モデル、エルヴィン・ロンメル、5分後に入室せよ」
名前を呼ばれると、青年の目が一瞬見開かれ、驚きの色が濃く浮かんだ。
震える手を急いで下ろそうとしながら、姿勢を整えようとしているようだった。
俺もまた、別の意味で驚いていた。
(何? ヴァルター・モデルだと? 本当か?)
ロンメルとして何度も人生を重ねてきたが、これといった縁のなかった名将の名を、こんな場所で耳にすることになるとは。
消防士ヴァルター・モデル。戦線が危機に陥るたびに彼を投入し、戦況を逆転させるという意味で付けられた異名だった。
特に東部戦線での彼の防御戦術は伝説となり、後世にも広く語り継がれるほどだった。
不可能に見える状況で奇跡のような防衛線を築き上げたその手腕は、軍事的にはロンメルよりもむしろ高く評価されることさえあった。
名前を聞いて、貴族を示す「フォン」が入っていないことから、平民出身だと分かった。なぜか、より親近感が湧いた。
この機会に彼と親交を結んでおくのも悪くないと考え、慎重に彼へ近づくことにした。
「大丈夫か? 顔色があまり良くないようだが」
ヴァルター・モデルは少し驚いたように顔を上げた。
「ああ、大丈夫だ。ただ少し緊張していてな」
俺は温かい笑みを浮かべながら言った。
「緊張するのも当然だ。だが、俺たちがここまで来られたというだけでも、十分にすごいことだ。自信を持っていい。俺のような平民がグロース士官学校の面接会場に立っているというだけでも、光栄なことなんだから」
俺の言葉に、彼の表情も少し明るくなった。
「俺も平民出身だ。ヴァルター・モデルという」
「よろしく、俺はエルヴィン・ロンメルだ。俺たち、同じ境遇の者同士、頑張ろうじゃないか」
握手を交わし、緊張した表情で互いを見つめ合った俺たちは、軽くうなずき合って面接室へと入った。
面接室に入ると、威厳のある姿の将校が一人、座っていた。
扉を閉め、彼と向き合った瞬間、俺は彼が誰なのか一目で分かった。
エーリッヒ・フォン・マンシュタイン。
24歳という若さで、すでに軍内で将来を嘱望される戦略家として名を知られていた人物。
プロイセンの名門貴族の家柄出身で、その卓越した才能ゆえに、若くして士官学校の面接官に抜擢されたようだった。
緊張の中でも、俺にはマンシュタインが、このグロース士官学校に入るための最後の関門であるかのように感じられた。
このマンシュタインを突破できなければ、すべてが終わりだろう。
マンシュタインは鋭い眼差しで俺たちを見回した。
その視線には、若き将校らしい覇気と、侮れない気迫が宿っていた。
容易に通してくれる相手ではないと、本能的に感じ取ることができた。
「さあ、お座りください。本日は、皆さんの知識と資質を評価させていただきます」
俺たちは緊張した表情で席に着いた。
マンシュタインはしばらく書類をめくると、口を開いた。
「ロンメル候補生、あなたが考えるに、現在のドイツ帝国にとって最大の敵は誰だと思いますか?」
しばし考え込んだ。ヨーロッパの情勢とドイツの立ち位置を頭の中に思い描いてみた。
ドイツは国内では、ヴィルヘルム2世の統治の下、急速な工業化と軍備拡張が進められていた。
だが国外では、この成長が周辺諸国、特にイギリスとフランスの警戒心を刺激していた。
外交的には、ビスマルク時代の安定した同盟体制が崩れ、ドイツの攻撃的な外交政策によって周辺国との関係が次第に悪化し、孤立を深めていく状況だった。
イギリスとはドイツの海軍力増強が緊張を高めており、フランスとはアルザス=ロレーヌ地方の問題で敵対関係にあった。
ロシアともバルカン半島における利害の衝突により、関係が悪化していた。
こうした状況の中、ヨーロッパは次第に二つの同盟陣営へと分かれつつあった。
一方にはドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリアの三国同盟があり、もう一方にはイギリス、フランス、ロシアが三国協商を組んで対峙していた。
もっとも、現在ドイツの同盟国であるイタリアは、結局裏切って敵陣営へと寝返る運命にあった。
当時は誰も予測できなかっただろうが、この緊張関係はわずか3年後の1914年、第一次世界大戦の勃発へとつながっていく。
バルカン半島で起こるささいな事件がドミノのように連鎖反応を引き起こし、ヨーロッパ全体を戦争の渦へと巻き込むことになる。
しかし1911年の時点で、これほど大規模な戦争が勃発する可能性を正確に予測していた者はほとんどいなかった。
大半の人々は、ヨーロッパ列強間の勢力均衡が全面戦争を抑止するだろうと信じていた。
皮肉にも、それはやがて訪れる歴史の激変を、誰も予想していなかったことを示す光景だった。
俺はしばし考えを整理した後、落ち着いて答えた。
「私の判断では、ドイツ帝国の潜在的な敵国はイギリス、フランス、イタリア、そしてロシアです」
マンシュタインは眉を上げ、しばし俺を注意深く見つめた。
予想外の答えに、興味と戸惑いの入り混じった表情だった。
「他の国はともかく……イタリアが敵になると考える理由は何ですか? 同盟国であるにもかかわらず、です」
しばし息を整えてから、落ち着いて答えた。
「面接官殿、イタリアの現在の状況を考慮すると、彼らとの同盟関係は非常に不安定だと判断します」
「ふむ……どのような点でそう思うのですか?」
「まず、イタリアにとって三国同盟は『居心地の悪い同盟』です。オーストリア=ハンガリー帝国は、イタリア統一を妨げた『敵』であり、南チロルやイストリア、ダルマチアなど、イタリア民族の地と見なされる領土を占拠する『圧政者』とも見なされています」
マンシュタインは関心を持って聞いていた。
「一方、三国協商のフランスは、途中で離脱したとはいえ、結局はイタリア統一を助けた国です。こうした歴史的背景を考慮すると、イタリアはいつでも我々を裏切り、協商国側に加担する可能性が高いと考えます」
「興味深い分析ですね、ロンメル候補生。同盟の安定性を判断する際に、歴史的、文化的背景を考慮することは非常に重要です。それでは、戦争はいつ起こると思いますか?」
「現在、ヴィルヘルム2世陛下の拡張政策により、アフリカをはじめとする複数の地域で衝突が起きています。これによりフランスとの関係が悪化しています。ロシアはバルカン半島での利害衝突により、緊張が高まっています。私の判断では、今後3年以内に大規模な戦争が勃発する可能性が高いと考えます」
マンシュタインはうなずきながら、しばし考え込んだ。そして再び鋭い視線で尋ねた。
「それでは、この状況で我々はどう対処すべきだと思いますか?」
しばし躊躇したが、これは非常に微妙な話題だったため、正直に自分の考えを述べることにした。
「ロシアを敵に回すのは非常に危険でしょう。ロシアの広大な領土と豊富な資源、そして膨大な人口を考慮すれば、彼らとの全面戦争は避けるべきです。むしろロシアとの関係を改善し、フランスを孤立させる戦略のほうが効果的だと思います」
マンシュタインの口元に笑みが広がった。彼は軽く笑い声を立てながら言った。
「ビスマルクのようなことを言いますね。興味深い」
俺は彼の反応に一瞬戸惑ったが、すぐにビスマルクの外交政策を思い出した。
ビスマルクは常にロシアとの関係を重視し、フランスの孤立を追求する戦略を貫いていた。
考えてみれば、未来を知っている俺の意見が、ビスマルクのかつての政策と大差ないことに気づいた。
興味深そうに俺を見つめていたマンシュタインが、再び言葉を続けた。
「ビスマルクの知恵を認めるのは結構です。しかし、現在の状況はあの頃とは異なります。我々には、新しい時代に見合った、新しい戦略が必要かもしれません」
俺はうなずいた。マンシュタインの言葉には一理あった。
世界は急速に変化しており、それに伴って我々の戦略も変わるべき時だった。
「理解しております。しかし、その新しい戦略を立てる際にも、過去の教訓を見過ごしてはならないと考えます」
マンシュタインは深い眼差しで俺を見つめながら、しばし沈黙した。
その視線には、深い思索とともに、何かを計算しているような気配が感じられた。
「良い視点です、ロンメル候補生。過去から学びつつ、現在に囚われないこと、それこそが我々の追求すべき姿勢でしょう」
その後、質問の矛先はモデルへと移り、面接が終わって外に出た時、俺は彼と目を合わせて微笑んだ。
「いい答えだったな。俺たち二人とも、良い結果が出るといいな」
「俺もそう思う。必ず合格して、また会おう」
俺たちは温かい笑みとともに固く握手を交わし、それぞれ家路についた。
一週間が過ぎ、俺は落ち着かない気持ちで毎日郵便物を確認した。そんなある日、ついに待ちわびていた手紙が届いた。
封筒に押されたベルリン・グロース士官学校の印を見た瞬間、俺の心臓は早鐘を打ち始めた。
震える手で封筒を開け、慎重に便箋を広げた。そこには、太字の活字体でこう記されていた。




