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厄災

6 夜明けの攻防


 夜も更けそろそろ日の出が拝めそうな午前五時。

 神奈川県警は大騒動だった。

「機動狙撃班準備よしっSAT準備良しっ警察ヘリ出動開始っ」

 ローターが回転し二機の警察ヘリ『ツバメ』が飛び立った。目標は戦太郎だ。

「位置情報確認」

「七分で現場着」

 ヘリに同乗している狙撃警官がライフルを構え直す。

 『ツバメ』を追うように報道機関のヘリも続く。

 眼下の運河では朝日が当たり始めキラキラと輝く。

「戦太郎発見、みなとみらい橋南下中」


 獲物を狙うようにゆっくりとした足取りの戦太郎だ。いや、悠々と歩いていると表現する方が正しい。


「よし接近する、狙撃準備」

「了解」

 戦太郎は頭を上げ頭上から近づいてくる二機のヘリを確認した。

 昨夜の戦闘で戦太郎の戦闘服はビリビリに破れ、胸にはひびが入っているようだが気にすることのない戦太郎だ。

 戦太郎の電子アイがズームする。その先には身を乗り出すようにライフルを構える警官を認めた。

 戦太郎は直ぐに分析を開始し『セイブ七式単発ライフル。威力軽微』と瞬時に解析し、フン、と鼻を鳴らすように歩み始めた。

 正副機長が交互に言葉を交わす。

「気がついたな」

「これだけの爆音だ、気がつかない方がおかしいさ」

 機内に無線が響く。

「臨港パークまで誘導せよ」

 それに対し狙撃手は機長と共に確認する。

「人影無し。発砲準備完了」

 狙撃手が大声を上げる。同時に無線から「発砲許可する」

 スコープを見つめながら微妙に揺れる機体の中戦太郎の頭部に狙いを付ける。

 タイミングがあった瞬間――甲高い音が響いた。

 一発目は背中中央部に当たり二発目は腰に命中した。『ツバメ』二号機も発砲する。

 無論、戦太郎にとっては痛くも痒くもない。

『排除』

 戦太郎は二機のヘリを見上げる。何か投げつけるものが無いか周囲を確認するが――

「発砲停止。ギリギリまで高度下げる」

 機長は無線を飛ばす。

「了解。慎重に」

 攻撃対象に向かわせるように二機の県警ヘリは、交互に戦太郎の頭上を蜂のように飛び交う。

 倒す事は考慮していない。あくまでも誘導だ。

 人間なら忌々しい……と呟くだろうが、戦太郎は冷酷なまでにヘリを追いかけはじめる。

「よし、追ってきたぞ」

 機長は作戦通り誘導を繰り返す。

「距離二十、接触注意」と副機長が報告する。

「了解」

 二機の県警ヘリは共同で誘導する。

 橋を渡りきると戦太郎は立ち止まった。これ以上の追跡は無駄だ、と判断したかのようだ。

「マズいぞ、元に戻る気だ」

 機長は県警とやり取りはじめる。

「発砲許可、願います」

 県警ではヘリから送られてくる映像を注意深く確認する。そして――「発砲を許可する」

 ヘリは行く手を阻むかのように向きを変える。「距離十五」

 両狙撃手は撃鉄を引き、構える。

「発砲ッ」

 弾丸は足元を掠め跳弾する。もう一発は胸元に当たった。

『排除』

 戦太郎は向かってきた。

 一番機は低空飛行をはじめ戦太郎につきまとう。追いかける戦太郎。

「発砲停止、市街地に入る、発砲停止」

 神奈川県警からの指示が飛ぶ。


 臨港パーク入り口の信号機が見える。両方向とも赤信号だ。

 これから先はみなとみらい中心部になる。


 多数の警察官が警棒を振り回し強制的に車両を停止させる。

「戦太郎接近中です。各車両、路肩に停車しなさい。運転者は最寄りの建物二階へ避難して下さい」

 警備車両のスピーカーが怒鳴る。早朝とはいえかなりの貨物車や乗用車が脇に止められる。

 避難誘導で警察官も汗だくだ。


「機動部隊狙撃班、準備完了。『ツバメ』一号機二号機、帰投せよ」

 機内のスピーカーから緊張した声が流れる。

「次は地上戦だな」

 機長の声に副機長は返答する。

「まるで戦争ですね」


7 臨港パーク


 神奈川県警では難しい問題に直面していた。

 大型パネル上では商業施設、居住マンションが林立している。誘導とはいえ狙撃班に発砲許可を与えるには難しい場所だ。

 そこで神奈川県警は臨港パークに誘き出し、海中に沈める計画を立てた。


 総指揮官は部下に尋ねる。

「バイオボーグは何処で待機している?」

「パシフィコ横浜コンベンションホールです」と部下が答える。


 大規模災害救援隊――神室達は神奈川県警の指揮下に組み込まれている。

 

「よし、誘導のためバイオボーグを使う」

 総指揮官は決断した――

 コンベンションホールでは神室と法源がごつい消火器発射機を手にしている。まるでロケットランチャーのようだ。腰には予備消火弾が入っている幅広いベルトを着装している。

「それはなんですか」と天馬。

「消火弾を発射する消火ランチャーよ。いくらバイオボーグでも火器使用は許可されてないからね。これで誘導しようという和田総括の提案なんだ」

「あたしは?」

 天馬の声に法源は言う。

「素人が扱うには無理だ。本来災害用Gドロイドが使うものだ。反動そのものが凄いからな。それに君は右半分は生身の肉体だ。君には予備弾を持ってもらおう」

 ベルト周囲に六発の予備弾が組み込まれ、天馬は締めてみるとかなりの重さを感じた。

「一緒に行動するので無くなったら予備弾を渡して」と神室。

 このときミハシが小走りにやってきた。

「出動許可が出ましたっ」

 敬礼するミハシ。

 三人に緊張感が走り、脇に置いてある通信ヘルメットを被った。

「よおし……そうだ、天馬ちゃんは『織り姫』としよう」と言う法源の言葉がヘルメットに響く。

「なんですかそれ?」

「コードネームだ。通信傍受されても分からないようにな。さあ行くか、織り姫ちゃん」

 神室の声が響く。

「桃太郎足首大丈夫?」

「ああ。例えもげても痛むわけないし。多少ランニングに支障があるぐらいだ。アイツの歩行速度なら十分対応出来る、かぐや姫はどうだい」

 神室の声が響く。

「充分よ。私たちは臨港パークまで誘導できれば任務完了。あとは狙撃班が海中まで追い込み水没させる」

 不安そうな天馬の声がする。

「うまく出来るかしら」

「上手くいくもいかないも、無い。やるんだ織り姫」



 法源の声――それは覚悟の合図だ。



「臨港パーク交差点まで後三十」

 県警からの声がする。

 三人はコンベンションホールから駆け出した。

 速い――バイオボーグの脚力は驚異的だ。走るというより跳躍だ。

 先頭は神室、続いて法源があとを追う。

「待ってっ」

 半身の天馬では追いつけない速度だ。

 法源は言う。

「ゆっくり急げ」

『ゆっくり急げ、ッてなによ』と天馬は一人呟きながらあとを追う。左脚はジャンプするように走ることが出来るが、着地する右脚にかかる衝撃は凄まじい。

 病院内でのリハビリでは歩行訓練が主であって、走ることには重点が置かれていなかった。通常の人間よりは速いが、それでもあっという間に二人の姿が見えなくなった。



 両手両足の完全なバイオボーグに比べるのが酷というものだ。



 やっとの思いで到着すると、すでに戦闘は始まっていた。

 ボン……と言う発射音に、戦太郎は泡まみれな状態だ。まるで巨大な雪だるまのようだ。

 怒るような戦太郎は二人に掴みかかろうとしているが、先の戦いで神室達の戦闘能力は『驚異』として解析されている。

「鬼さんこちらー」と巫山戯るような法源の声が響く。

「桃太郎、巫山戯ないのっ。消火弾で滑らないようにっ」

 神室の怒声に近い声がする。

「かぐや、足元注意っ」

 神室の注意が響く。

 戦太郎が天馬を見る。『驚異3分析』

 驚くべき計算速度で天馬の弱点を見抜いた。標的を天馬に向けた。

「え?」

 驚く天馬。

「織り姫、離れろっ」

 法源の声が轟く。戦太郎は挑むように天馬に急接近する。

 逃げる……天馬がそう思い踵を返したが――消化液に足を捕らわれる。

「わ」

 派手に転ぶ天馬。足が滑って起ち上がることが出来ない。

 パンチを浴びせ、つかみあげてから大地に叩きつければ『任務完了』――戦太郎は冷静に計算する。

 迫る戦太郎。恐怖が走る天馬。

「コン畜生っ」

 法源の消火弾が炸裂。同時に神室は駆け寄り思い切り天馬の腕を引っ張る。

 その勢いで天馬のからだが泡塗れの地面の上を、つつーっと滑っていく。滑稽な姿だが、命には代えられない。

「大丈夫?」

 神室の声が響く。

『大丈夫……』と言いかけたが右肩が痛い。神室は正常な右腕を引っ張ったからだ。それでも天馬は気丈に答えた。

「ありがとうございます」


 だが戦いに終わりはない。


「まだこっちに来るぞ」と法源は言う。「誘導にはもってこいだ」

 しかし戦太郎の動きを見て神室は直感した。

「織り姫を狙っている?」と神室。

「あたしを?」

 じりじりと天馬に迫ってくる。

 神室は言う。

「逃げるふりして臨港パークに誘い込もう。あの動きなら何あっても振り切れる」

 そう言いながら神室は消火弾をぶっ放した。

 放物円を描くような弾道は確実に戦太郎を捕らえていたが、着弾寸前右腕を振り回し消火弾を払いのけた。

「ちっ、着弾点を完全に読まれてるな」

「ゆっくり後退」と神室。

「何故あたしが標的に?」

 神室は謎解きをする。

「昨夜の戦いで戦太郎は私たちの動きは把握出来ているはず。アイツにとって織り姫は初見。でも消火ランチャーは所持していない。撃つのは二人だけ。そして先ほどの動き、間違いない。織り姫を――待ちなさい織り姫っ」

 天馬は歩みを止め、戦太郎に両手を広げた。まるでかかってこい、と言うような姿勢だ。

 戦太郎は急に速度を上げた。まさに掴みかからんとする――両腕を振り上げた瞬間、左脚に力を込め横っ飛びに飛び退のき転がる。

 その動きに戦太郎は追随する。戦太郎の横に回り込んだ法源がぶっ放す。

 右サイドに消火弾が命中したちまち泡塗れになる。

「なんてことすんのよっ」

 神室は天馬に向けて叱責した。

 神室の傍らに滑り込む天馬。

「かぐや姫の推理通りだわ」

「お前、確認するためにか? バカだよお前は」

 戦太郎は追いかけてきた。

「逃げるっ」



 間合いを詰められると逃げる……命がけの追いかけっこだ。



「かぐや、桃、計画変更。県警はネットランチャーを用意した」と三人のヘルメットに和田の声が聞こえた。「みなとみらいバースに誘い込め。戦太郎の足元に消火弾を発射だ。滑って転がった瞬間ネットランチャーを発射する」

 後ずさりして誘導する三人。戦太郎は確実に追いかけてくる。

「生け捕りですか」と神室。

「クレーン車も用意できた。そのまま釣り上げ、海にどぼーんだ」

「上手くいくのか?」

 法源の声に和田はこたえる。

「君たちの活躍にかかっている」

 そう言うと和田の声が消えた。

「ちっ、こっちの苦労も考えろや」

「桃太郎、聞こえるわよ。織り姫、戦太郎の動き見ながら消火弾配って」

「分かりました」


 追っている最中に、戦太郎は傍らのドラムクッションを発見した。戦太郎の頭脳が回転した。

 方向を変えドラムクッションを手にする戦太郎。重量物を片手で軽々と持ち上げる。そして三人目掛けて放り投げた。

 法源が叫ぶ。

「危ねえっ」

 ヒューン……と風を切る音と共に水で満たされたドラムクッションが着弾する。同時にドラムクッションが派手な音共に破裂した。

 たちまち水飛沫が瀑布となり、防弾バイザーの視界が遮られる。

 天馬はバイザーを吹き払った。

 しかし一瞬の隙を突き眼前に戦太郎の両手がニュッと突き出た。それは天馬を捕まえる悪魔の手だ。



 危ないッ――



 反射的に天馬は左腕を払う。

 甲高い金属音が両者から鳴り響く。だが力は戦太郎が上だ。転がる天馬。その上に戦太郎はのし掛かる。


 使えるものはなんでも武器に変える――なんと悪賢い戦太郎なのだろう。


「この野郎ッ」

 法源は叫ぶと消火ランチャーを振り回した。

 ガキン……音共にランチャーが見事にへし曲がる。

「織り姫、逃げろっ転がれッ」

 至近距離で神室のランチャーから消火弾が飛び出る。戦太郎と神室はたちまち泡だらけとなった。

 しかし二人の協力の下、天馬は転がり出た。

 ばすん……と言う音が谺した。

 天馬たちの危機を感じた警官がネットランチャーのスイッチを押したのだ。

 放物線を描いた強化ネットが戦太郎の上に被さった。

「今だッ逃げろッ」と警察官の喚く声が三人の耳に届いた。

「計画と違うじゃない!」と神室。

 法源の声が響く。

「でもこれで成功すりゃこっちの勝ちさ」


 戦太郎は一瞬立ち止った。


 拘束が成功したか?


 戦太郎の頭脳が答えを導き出したようだ。

 剥がそうともがきはじめたのだ。だが、パラシュートと同様な強靱なネットだ、破られるはずがない。



 しかし――



 戦闘型Gドロイドは指が引っかかると強靱な手でゆっくりと引き裂きはじめた。

 繊維の切れる音が弾ける。

 唖然として見つめる神室達。


 二発目の強化ネットが宙に飛ぶ。しかしそれもゆっくりと破ってゆく……。そして上半身を露出させると、ネットを腰蓑のように引き摺りながら鬼気迫る執念で天馬たちに迫る。

「強化ネット在庫無しっ」

 警官の声が飛ぶ。

「なんて執念深いヤツなのッ」

 神室は叫ぶが臨港パークまで直ぐだ。おまけに強化ネットで足取りはさらに重くなっている。

 

「ちっ、かぐや姫、ぶっ放せ。滑らせろ」

 法源の消火ランチャーは筒先がくの字に曲がりもはや使い物にならない。

「さっきので最後」と神室。

「じゃ、これを……」

 そう言いながら天馬が腰のベルトを弄り消火弾を探す。

「あれ……?」


 そう。今の戦闘騒ぎで消えてしまい、かろうじてひとつだけが残っているだけだ。


「どうすんだよっ」と喚く法源。

「どうもこうもない、一発でケリつけなきゃ」

 神室は消火弾を天馬から受け取る。

「無くしてすみません」と天馬。

「気にすんなよ、まだ迫ってきやがる。上等だ。さてはさっきの騒動で回路が狂ったか?」と法源。

 和田の声が響く。

「釣り上げ作戦失敗だ。あれで試作品とはな。あと少しで狙撃範囲に到達する。なんとしても君らで突き落としてくれ」

「突き落とせって……さっきの話じゃ狙撃班がやるんだろ? 総括、俺たちゃボロボロだ」

 法源の不満に総括は言う。

「健闘を祈る」

 そして通信が切れる。

「何だよっ話が違う。どうすりゃいいんだよっ」

 法源は毒づく。


 警察官の無線が響く。

「狙撃班、準備完了。狙撃命令、願うっ」

「待て。バイオボーグがもっと海よりに寄ってからだ」

 臨港パークの柵は案外高くない柵だ。戦太郎を転がせることが出来れば勝利は近い。


 だが……

 

 三人は慌てるように横に逃げる。戦太郎はその動きに瞬間的に計算し直す。

 振り向く戦太郎。

「撃てーっ」

 指揮官の声が轟き、狙撃班は戦太郎の胸部目掛けて対人ライフルを撃ち放す。

 拳銃とは比べものにならない重厚な音が何発も谺するが怯むことはない。

 前夜活躍したKKS-20が狙いを定める。

「発射っ」

 かけ声と共に二〇ミリ砲が炸裂した。しかし前夜に学習している戦闘型Gドロイドだ。

「何だと、躱したぞ」

 装填手が報告する。

「装填完了」


 二発目が発射されたが見事に身を躱す。その間もライフルの弾丸が当たるがびくともしない。

『驚異排除』

「消火弾早く撃てっ」

 突如和田の声が響く。しかし海を背にしている戦太郎だ。

「向きが違うっ」

 叫ぶ神室。しかし徐々に海辺から離れだした戦太郎。


 時間が無い。


 突然天馬が閃くように叫ぶ。

「足元に撃って、転べば三人で突き落としましょうっ」

「滑らすってか」と法源。

 本能的に構える神室。そして引き金を引く――

 足元に着弾したが危機を予測する戦太郎は直前で止まる。

「畜生ッ」と絶望的な法源の声。

 その時三発目の二〇ミリ砲が轟く。躱しきれず右腕に当たる。

 もんどり打つ戦太郎は消火弾の上に乗った。

 飛び出す三人。

「撃ち方止めーっ」

 指揮官の声が響く。三人は背後に回り纏わり付いている強化ネットを力を合わせ強引に引っ張る。


 もがく戦太郎。滑る戦太郎。


 防護柵にぶち当たる。

 戦太郎の重量で柵が拉げる。

 

 勢いで戦太郎は宙に跳ぶ。

 

 そして派手な音と共に海中に飛び込んだ瞬間、盛大に火花が飛んだ。

 体内に海水が入り回線がショートしたのだ。


 火花を上げた戦太郎は無数の泡と共に海中に沈んでいった――






 ここで第10話その5終了 第11話新章に続きます


※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しておりますが、物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。


六千文字を超える大作になりましたが、第10話はここで終了となります。ですが、まだまだ珠伊師の陰謀などが残っております。

次話は珠伊師中心に書き込んでいこうかと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。

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