第4話:軋む鋼、蝕まれる心臓(ハート)
開幕戦の劇的な勝利から一夜明けた、紀伊プラムスの室内練習場。
歓喜に沸くチームメイトたちの喧騒から逃れるように、しみまるは一人、湿り気を帯びたマウンドの陰で右腕を抱えていた。
「……う、あ……っ!」
激痛。だが、それは筋肉が引き千切れるような生身の痛みとは異なっていた。
骨格を成す超硬質合金が軋みを上げ、人工筋肉の繊維が異常加熱を起こしている。肘の継ぎ目からは、パチパチと青白い火花が散り、焦げたオイルと、焼けた絶縁体の嫌な匂いが鼻を突いた。
(熱い……身体が、溶ける……)
視界には絶え間なくノイズが走り、脳内チップは右腕から送られてくる膨大なエラーログを処理しきれず、警告アラートを網膜に焼き付けている。
開幕戦での「超高回転駆動」と「分身」の同時使用――それは、まだサイボーグ化して間もない彼の体にとって、魂を削り取るような過酷な「オーバードライブ」だったのだ。
「何してるのよ、こんなところで……っ!?」
背後から駆け寄ったのは、明日香だった。彼女はしみまるの異変に気づくと、迷わずその右腕に触れた。
「――熱ッ! 何て温度なの……! あんた、バカじゃないの!」
明日香は震える手で工具箱から冷却スプレーを取り出し、鋼の腕に噴射した。シュゥゥゥッという激しい蒸気とともに、白い煙が立ち上る。カチ、カチ……と、熱膨張した金属が収縮する不気味な音が静かな練習場に響いた。
「明日香さん……。僕、次も……投げられますよね?」
「投げられるわけないでしょ! ユニットが熱暴走を起こしてる。このままじゃ、右腕どころか、あんたの『心臓』まで焼き切れるわよ!」
彼女の瞳は怒りに燃えていたが、その奥には隠しきれない恐怖が滲んでいた。
「……博士のところへ行くわよ。今すぐ、強制メンテナンスだわ」
地下秘密研究所。
黒金博士は、ホログラムパネルに流れるしみまるの心電図と駆動データを見つめ、深く、重いため息をついた。
「……想像以上だな。君の執念が、サイボーグの肉体を凌駕してしまった結果だ」
「博士、僕は……」
「しみまる君。君の体は、まだ『からくり』を完全に受け入れていないのだ。人間の脳が、機械の出力を制御しきれていない。いわば、軽自動車のエンジンにジェット噴射装置を積んでいるようなものだ」
黒金は眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、残酷な宣告を下した。
「このまま無理を続ければ、君の自我はシステムに飲み込まれ、ただの投球マシンに成り下がる。……あるいは、生身の心臓が負荷に耐えかね、マウンドで破裂するか、だ」
静まり返る研究所。
しみまるは、自分の冷たい銀色の拳を見つめた。
あの事故の夜、失われるはずだった命。救ってくれたのはこの「機械」であり、再びボールを握らせてくれたのもこの「からくり」だ。
「……僕は、プラムスの『ジョーカー』なんです」
しみまるは、軋む右腕を力強く、壊れんばかりに握りしめた。
「チームが、家族がピンチの時……僕が立たなきゃ、誰がマウンドを守るんですか。人間だろうが、機械だろうが……僕は、エースでいたい」
その時、研究所のモニターが新たな戦いの訪れを告げた。
次なる対戦相手は、常勝・帝都タイタンズに次ぐ実力を持つ「黒潮シャークス」。
そして、その中心選手として映し出された男の名に、一同が息を呑んだ。
「……剛田まるお」
しみまるの目が、鋭く細められた。
開幕戦で三連振に打ち取った、あの怪物スラッガー・剛田の弟。兄以上の柔軟性と破壊力を兼ね備えた「黒潮の核弾頭」。モニターの中のまるおは、兄の雪辱を果たすべく、狂気じみた特訓でしみまるの「分身」を攻略しようとしていた。
「……博士。メンテナンスをお願いします」
しみまるは、自ら診断シートに横たわった。
「ただし、出力を下げるような調整はやめてください。……生ぬるい球じゃ、剛田の弟は抑えられない。僕の心臓と、どっちが先に壊れるか……賭けてみる価値はあります」
黒金は一瞬だけ躊躇したが、しみまるの覚悟を悟り、静かに頷いた。
「わかった。……明日香、緊急適応プログラムを開始する。君は冷却バイパスの強化を急げ」
「……了解。死んでも知らないんだからね、しみまる」
明日香は、涙を拭うように乱暴に工具を握った。
軋む鋼の肉体と、燃え盛る人間の魂。
しみまるは、自らの体が引き起こす異変と戦いながら、再び「土壇場」へと向かう。
それは、彼が真の『からくりエース』として覚醒するための、あまりに過酷な試練の始まりだった。




