第35話:不協和音の嵐、マウンド上の誓い
「心拍数での通信……? 笑わせないで。そんな不確かなもの、私のノイズで塗りつぶしてあげるわ」
スタジアムの音響ブースを密かに掌握した氷室アリアが、冷酷にスイッチを入れた。
紀伊プラムス対帝都キングス・リザーブ、中盤の攻防。
しみまるが振りかぶろうとしたその瞬間、球場全体のスピーカーから、脳を直接掻き回すような不快な**「超・高周波ノイズ」**が鳴り響いた。
「な、何だこの音は……!? 頭が割れそうだ!」
耳を押さえてうずくまる観客たち。
アリアの狙いは、しみまると砂織が築き上げた「鼓動の共鳴」を、圧倒的な音響エネルギーで物理的に切断することだった。
かき消される鼓動
ドクン、ドク……。
しみまるの心拍のリズムが、ノイズの濁流に飲み込まれていく。
砂織の感覚も、激しい不協和音によって麻痺し、しみまるが何を投げようとしているのか、全く読み取れなくなった。
シュッ……パスッ。
意思の通わない投球。ミットを大きく外れ、ボールが転がる。
「どうしたの、黄金バッテリー。お互いの音が聞こえないと、ただの素人ね」
マウンドのアリアが、勝ち誇ったように笑う。
しみまるの右腕が、精神的な動揺から震え始めた。生身に戻った腕は、かつての義腕よりもずっと繊細で、不安をダイレクトに伝えてしまう。
砂織がタイムを取り、マウンドへ駆け寄った。
ノイズはさらに激しさを増し、隣に立っていても声が届かない。
「しみまる君! ……ダメね、声が聞こえてない」
砂織はしみまるの顔を見た。その瞳には、恐怖と混乱が浮かんでいる。
このままでは、アリアの「論理」に屈してしまう。
「……こうなったら、究極の『ノイズキャンセル』をやるしかないわね」
砂織は、スタジアム中の視線を無視して、しみまるの首に両手を回した。
「……え、砂織さ……」
驚くしみまるの唇に、砂織が自身の唇を重ねた。
マウンド上の、公開キス。
その瞬間、スタジアムのノイズが、しみまるの意識から完全に消え去った。
触れ合った体温、重なる吐息。
世界には今、砂織と自分しかいない。
二人の脳波が、外部の音響を一切遮断する「極限の集中状態」へと一気に突入した。
「な……ななな、何をして……!? 神聖なマウンドで、破廉恥な!!」
アリアが顔を真っ赤にして絶叫する。デバイスの解析数値が、見たこともない異常値を叩き出した。
「愛? これが愛のエネルギーだっていうの!? 私の計算機が……壊れるっ!!」
唇を離した砂織は、いたずらっぽく笑った。
「これで、もう私の音しか聞こえないでしょ?」
「……はい。……完璧です」
しみまるの瞳から迷いが消え、右腕に宿ったのは、かつての黄金の光よりも遥かに温かく、力強い「人間の生命力」だった。
放たれた145km/hの直球。
それは不協和音を物理的に弾き飛ばし、アリアのミットを粉砕せんばかりの勢いで砂織の懐へ飛び込んだ。
「――ストライイクッ!!」
愛の力は、最新兵器すらもオーバーロードさせた。
アリアはマウンドで膝をつき、自らの敗北を悟る。




