第60話 1505年 帝国
数ヶ月後、マシューは王の権限を皇太子アーサーへと譲り、実務のほとんどを移行させた。実質的には退位しているようなものだ。
能力も実力も備わったアーサーに経験を積ませる、という名目ではあるが、本音を言えば実務を丸投げして楽をしたいらしい。「いざという時は動くから」とマシューは言っていたし、実際彼がいれば問題はないと誰もが断言していた。
そんな中、その「いざ」という時がやってきた。……嫁取り問題である。
イングランドとスコットランドは血筋が近く、特にもめていたのはイングランドだった。ウェールズに関してはほぼ内定していたのだが、イングランドの皇太子が、自分の娘を押し付けようと強引に迫ってきたのだ。
マシューの父であるイングランド王がこれに反対し、厳重注意を与えたのだが、それが気に入らなかったらしい。なんと皇太子は父を暗殺し、自ら王を名乗って即位してしまったのである。
イングランド貴族の意見は二分したが、皇太子の素早い粛清によって反対派は沈黙を強いられた。その反対派の生き残りが、こちらへ支援を求めてきた――というのが今の状況だ。
私たちは即座に各国へ連絡を取り、反逆者となったイングランド皇太子に対する意見を求めた。それと並行してアーサーに軍を指揮させ、ウェールズ経由でイングランド国境付近まで進軍・待機させた。
各国の対応は早かった。
スコットランドは国境を封鎖し、「内政干渉はしない」との声明を出した。ウェールズもそれに同調したが、同時に「軍事行動は起こさない」とも付け加えた。
イングランド西部に待機していた反皇太子派の軍にアーサーが合流すると、連合軍はロンドンを目指してゆっくりと進軍を開始した。
その道中、アーサー軍の見事な進軍ぶりは、見る者を圧倒した。
まるで重機が土地を均していくかの如く、皇太子派の貴族軍を次々と粉砕し、制圧していく。その光景を目の当たりにした敵方の貴族たちは、次々と降参、あるいは投降を申し出てきた。
ロンドンを遠巻きに包囲する地点まで到達した時には、軍は十万の規模に膨れ上がっていた。アーサーは全軍に宣誓させ、投降を呼びかけながら皇太子の出方を待った。
案の定というか、敵は最後の工作を仕掛けてきた。
「降参するから命だけは助けてほしい」という嘆願で油断を誘い、アーサーを暗殺する計画だったらしい。だが、事前に察知していたアーサー軍は、待ち構えていた奇襲部隊とそれを支援する貴族の軍を一網打尽にし、壊滅させた。
皇太子は籠城を決め込んだ。これも予想通りだ。王宮に軍を集中させ、防御を固めている。
だが、アーサーは長期戦など考えていなかった。王城の至近まで進軍すると、特殊部隊を潜入させて正面の門を制圧。そして、再び宣言した。
「兵に告ぐ。武器を捨て投降する者は許す。……一時間後、突入を開始する」
簡潔だが、不思議と人の心に響く声だった。
すると、武装解除した普段着同然の男たちが、次々と投降してきた。後半には中から怒声が響き、そこから逃げ出すように人々が駆け込んでくる。おそらく貴族たちが「逃げるな!」と怒鳴り散らしていたのだろう。
一時間が過ぎた。アーサー軍は警戒を保ちつつ、城内へ突撃した。
直後に残っていた貴族たちも投降したが、アーサーの兵たちは容赦しなかった。乱暴に拘束して地べたに転がし、後続の兵が装備を剥ぎ取って、鉄格子の檻がついた馬車へと次々に詰め込んでいった。
軍は皇太子のいる最奥部まで進み、そこで最後の抵抗を受けた。といっても、五十名ほどの兵がアーサー軍の精鋭に、まるで無抵抗の人形のように排除されただけだ。
ついに皇太子が拘束された。
アーサーは、縛り上げられてなお悪態をつく、目つきの悪いケダモノのような男を見下ろした。
「……何か言い残すことはあるか、王殺しよ」
問いかけに応じる代わりに、皇太子は隠し持っていた短剣でアーサーに切りかかった。
刹那、アーサーが一振り。皇太子の首は、主を失った王座の方へと転がっていった。
「裁判を待たずに、か……」
アーサーは小さく首を振ったが、すぐに周りに並ぶ王宮の関係者たちへ向き直った。
「王殺しを成敗した! これよりイングランドは悪夢から解放される。直ちに新体制の準備に入る。皆の者、心してかかれ!」
その宣言を皮切りに、反皇太子派を中心とした新しいイングランドが動き始めた。
数日後、マシューがイングランド王宮へとやってきた。そして、非業の死を遂げた父――前王の葬儀を、伝統に則った形式で執り行った。
貴族と王家の総意により、アーサーが次期イングランド王として即位することが決定した。彼はイングランドとアイルランド、二つの国を統治することになったのである。
それから数年後。
ウェールズの王女と、スコットランド王室の遠縁にあたる娘をそれぞれ妃として迎え入れた。第一子となる長男が誕生した際にはウェールズが併合に同意し、続くスコットランドも併合に合意した。
二十代という若さで世界の統一(この大陸の統一)を果たしたアーサーは、安定した国家運営を目指して邁進することになる。
だが……本人の胸の内にあるのは、あの日、オリヴィアがそうしたように、いつか自分も宇宙へ出て冒険をするという、果てしない夢を抱く一人の若者の心であった。




