残欠
斎藤自身、沖田の喀血に気を取られ、気配にも気付かなかったし、とっさに隠すこともできなかった。何も言えず、何もできずに土方を振り返ったまま固まっていると、土方もまた、目聡く沖田の手元に視線を落として体を固めていた。
「……あっ。えーっと、違います、これは……!」
沖田がたどたどしく、しかし不自然なほどの明るさで言い募る。
途端、土方の目が泳ぎ、自然と沖田の傍らにいた斎藤に視線が向かってくる。
それでも斎藤は、土方を見据えたまま、やはり何も言えなかった。
ただ、だからこそ、その一瞬――……
――『斎藤。総司の奴、どこが悪いんだ』
――『……土方さん。私には、言えません』
――『……そうかよ』
恐らく、斎藤と土方はきっと同時に、一年以上前、いつぞや壬生寺で交わした会話を頭に思い浮かべた。
すとん、と土方が後ろ手に障子を閉める音が静かに響く。
視界の端で沖田がびくりと大きく肩を揺らしたのが見え、斎藤はようやくそこで、改めて傍らを見下ろした。
沖田は叱られるのを身構えた子供のように目を伏せて、体を萎縮させながらぎゅっと目を閉じる。
が、歩み寄ってきた土方は片膝をつくと、そんな沖田の頭に、黙って、そっと、その大きな手のひらを置いた。
「……ひ、じかた、さん……?」
「馬鹿野郎が」
恐る恐る目を開けた沖田を見下ろしながら、土方は押し殺した声で悪態を吐いた。
「あ、あの、土方さん、これは……」
「馬鹿野郎……ッ!」
ぐっと乱暴に、土方が己の胸元に沖田の頭を抱き寄せる。
「あ……」
見えなくてもわかるほど、そこで沖田の漏らした声が湿り気を帯びて聞こえた。
「ごめ……っ、ごめん、なさ……ッ、ごめんなさい……!」
「謝るんじゃねぇ、この馬鹿が」
「だって、だって私……ッ」
沖田が言葉を詰まらせる。
それ以上は言わせないとばかりに、土方は沖田の頭に回していた腕に力を込める。その手がかすかに震えていることは、傍からも見て取れた。
斎藤は肩の力を抜くように、ゆっくりと息を吐いた。
それと同時に、悔やんだような表情の土方が横目に斎藤を見やる。
「……手間ァかけさせるが、水、汲んできてもらえるか」
その言葉に目を瞬かせ、斎藤はゆるく首をかしげた。
が、その意味をすぐさま察したらしい土方は、枕元に置いてあった小ぶりの水差しに視線を流して淡々と言った。
「これじゃ足りねェよ。水は摂れるだけ摂ったほうがいい。……特に労咳には」
先の様子とは異なった、落ち着き手慣れたような様子だった。
そんな土方の姿が、かつて葛の面倒を見慣れていた己と重なる。だからこそ斎藤にはない知見ではあったが、土方の言葉の意味はすぐに察せられた。
「……戻るまでは、それで待っててください」
斎藤は水差しを目で指して、返事を待たず立ち上がった。
――待て、と言うほど水を汲んでくるのに時を要するわけではないが、戻るまで少し時をかけるつもりだった。
部屋を出る直前、意を汲んだであろう掠れ気味の低音が、「……ああ。わかった」と静かに背中にかかってくる。
斎藤はそれに視線も言葉も返さず、静かに障子を開け閉めして、しばし部屋から離れた。




