蝉しぐれ
「やっぱり今日はこっちのほうは静かだねー」
その後、斎藤と藤堂がたどり着いたのは、山南の眠る壬生光縁寺だった。
「静かと言うには、蝉が充分やかましいようだが」
普段から光縁寺の墓地は開放されており、法事などでもない限りいちいち住職に声掛けをする必要もなく中へ入ることができる。住職とは時折顔を合わせることもあるが、住まいにもなっている寺務所に引っ込んでいるか、外出しているようなことも少なくない。そのため、今日も特に声をかけることもなく、斎藤らは山南の墓の前にたどり着いた。
「ははは、蝉はやむなし! オレは線香立てるから、一はこれ、お墓にかけたげて」
言いながら懐紙の上に焼きイカを並べ終えた藤堂が、懐から竹の水筒を差し出してくる。
受け取って栓を抜きながら、斎藤はぐるりと周囲を一瞥した。
祇園祭の宵々山という祭日の昼下がりにわざわざ墓参りに来ようという人間はそういないようで、こぢんまりとした墓地の中には斎藤と藤堂しか人の気配がない。祇園囃子が聞こえなくなった分、余計に蝉の声をありがたくもなく二人締めしている状態だ。
ただ、光縁寺の墓地は出入り口側を除けば三方を塀に囲まれ、その塀の奥には家屋や木々があるために日影が多い。その分、暑さも少しやわらいで、風が通る度にわずかな涼を感じられる場所でもあった。
「……誰もいなくて良かったな」
そんな場所でも香ばしく漂う大量の焼きイカの香りに薄く苦笑して、思わず呟く。やはりどう考えても墓場に相応しい匂いではないな、と思量しながら山南の墓石に水筒の中身をかけたが、直後、斎藤ははたとして傾けていた手を真っ直ぐに戻した。
「っ、……平助。中身が水じゃないんだが」
「え? うん、それ酒だよ?」
「……墓の前で焼きイカを食おうというのもどうかと思ったが、酒はさらにどうかと思う」
「今日ぐらいいけるって! どうせちょびっとしか入ってないし」
ちなみにオレ達のはこっちね、などと言いながら、まさかの二本目の水筒と小さな猪口二つが藤堂の懐からまた出てくる。
「……墓の前で酒盛りは、本当にどうかと思う」
斎藤は頭を抱えるように額に手を当てた。
が、藤堂はにやりと目尻をたわめ、悪戯な笑みを満面に浮かべる。
「ばれなきゃいーの、ばれなきゃ!」
その屈託ない表情に、斎藤はひとつ息を吐いて、線香を立て終わりその場に腰を下ろした藤堂の隣へあぐらをかいた。
やはり駄目だと言い続ければ、あと二、三回もしない内に藤堂は折れて諦めるだろう。しかし、代わりに今の笑顔が消えるのだと思えば、それ以上は言う気になれなかった。
――まあ、斎藤一人が多少の罰当たりを感じるくらい、どうということもないだろう。
そんなことを思いながら、藤堂の片手に会った猪口をひとつ取り上げて差し向ける。
暑さか、それとも別の感情ゆえか、藤堂はわずかに頬を紅潮させて歯を見せ、斎藤の猪口に遠慮なく水筒を傾けた。




