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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇二章九話 忍びの想い * 慶応元年 閏五月
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持て余すモノ

「本当に、ちょっと久しぶりだから顔見に来たんだ。先月……斎藤が戻ってくる少し前に、長州征伐が改めて発令されたでしょ」

「そうですね、会津様もいろいろ難儀されているんだろうなーとは、さすがの私でも思ってましたから」


 長州への対処に二の足を踏んでいた幕府がようやく腰を上げたことで、会津がてんてこ舞いになっていることは斎藤も知るところだ。その分、新選組のほうでは指示待ち状態にあり、逆にこれと言った報告が必要な事柄が起こることもなかった。


 とはいえ、穏やかな日々が続いていたかといえば、一概にはそうとも言えない。


 江戸で伊東が話していたように、長州征伐はすべきではない、むしろ今は手を取り合って諸外国に対応すべきだという風潮が、隊内でもじんわり囁かれつつあった。無論、伊東の意見にごく一部の者達が賛同しているだけ、という程度ではあるが――……これにより長州征伐発令が知れた後は、本来抹香くさい西本願寺においても若干のキナ臭さを感じる空気が、屯所内にわずかに漂っているように感じられていた。


 伊東は良かれと物事を口にしているのかもしれないが、それにより今回のような有事に会津、引いては幕府の先鋒隊としての役割に一貫性を欠くことになるのはいただけない。


 そんなこともあり、新入隊士を引きつれて江戸から無事帰還はしたものの、直後から土方の機嫌などは下降の一途をたどっており、余計に隊の空気がひりついて感じられるのだ。


 ――沖田と愁介の会話を耳にしながらそれらに思いを馳せ、しかし、そこでふと。


 斎藤は半ば無意識に、窺うような視線を愁介に向けてしまった。


 江戸での、土方とのやり取りが、脳裏をかすめる。


 先の通りの事情により、斎藤自身との再会が久々であったように、愁介は恐らく江戸から帰って以降まだ土方とは顔を合わせていないのだろう。まさに今、ただ穏やかに斎藤に微笑みかけたことを思えば、江戸での斎藤の裏切りも何もかも、愁介はまだ知らないことは間違いない。


 ……ああ。何故か、も何もない。気まずくて当然なのだと改めて自覚し、刑の執行を待つ罪人のような心地が改めて胸中に湧き出てくる。


 不安。


 そう、これは不安だ。


 こんな感情を抱くのは、一体いつぶりのことだろう。半ば忘れかけていたような覚束ない気持ち悪さが、じわじわと腹の底から広がってくる。(かづら)が死んだと聞かされて以降、これほどの薄気味悪い感覚を抱くことはなかった気がする。


 そんな場合ではない状況であるのに、本来ならば会津に関することで憂えることこそあれど、己の感情にうろたえているような場合でもないのに。そう遠くない内に諸々を知るであろう愁介が、どのように感じ、斎藤に何を思うのかという、本来なら気にするべくもないはずのことが……ひたすらに、不安だった。


 密かに肌が粟立つ。これではまるで、ただの()のようだ。


 本当に、何ひとつ、そのような場合ではないというのに。

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