俯瞰する紫煙
「なら、最後の質問だ」
視線は月へとやったまま、静かな言葉が重ねられる。
「俺に打ち明けて、お前はそれで、どうしたいんだ」
その問いかけに、斎藤は空気を食むように口を開閉させ、目を伏せた。
「どう……と、言われましても、正直わかりません」
「何だそりゃ?」
「……そもそもとして、かつての彼の人のことを知りたいと望んだことが最たる目的で、あなたに打ち明けるつもりは元々ありませんでした」
答えると、改めて土方が斎藤に目を向けたのが視界の端に移る。
斎藤も顔を上げ、視線を返せば、少々訝るように眉根を寄せている表情がそこにあった。
「打ち明けたのは、流れでそうなった、としか言いようがありません。私はただ、知りたかっただけです。……土方さんが、そうであったように」
お家について問いかけられた時のことを指して言えば、土方はわかったような、それでもまだ納得がいかなさそうな、何とも微妙な顔つきで目をすがめた。
「お前の言い草じゃ、あいつには今後も支えや救いがまるで必要みたいに聞こえた」
「……そう断言したつもりはありませんが、可能性は否めないと思います。この、ご時世を思えば」
「お前がそうしてやりゃァいいじゃねぇか。お前こそが『大元』なんだからよ」
「……あの人にとって、私は『過去』です」
淡々と、ありのままを答えれば、土方は理解できないというように一層顔をしかめた。
斎藤はゆるく首を振り、抑揚なく言い募る。
「私には寄り添うことしかできなかった。前を向かせるなんてできませんでした。……性分なのだと思います。恐らくこれからも変わりません」
「まァ、性分っちゃ性分ではあろうがよ……」
土方はまだ物言いたげに口をもごもごさせ、しかし言葉が見つからないのか、代わりに深い溜息を零して髪をかき上げる。
「……遠慮と配慮は別物だろ。同じように、謙虚になることと卑下することも別物だろうと俺は思うわけだが」
言葉の意味がわからず斎藤が首をかしげれば、土方はとんでもないものでも見たかのように、言葉に出さず「うわぁ」と言いたげな顔をした。
「お前、本当に総司と同い年だったんだな」
「は?」
「いや、いい。わかった。話せて良かったよ、お子様はそろそろ寝ろ」
それこそ、まるで普段沖田をあしらう時のような物言いで手を払われた。
疑問を募ろうとしたが、土方はすっかり取り付く島もない様子で再び煙管に煙草を詰めて「明日も早く発つぞ。疲れを溜めんなよ」と逆に言い募られる。
「はあ……では、おやすみなさい」
すっきりしないが致し方なく引き下がれば、最後にもう一度「斎藤」と呼びかけられる。
室内に引っ込めかけた顔を再び隣の窓へ向ければ、土方は紫煙をくゆらせながらどこを見るともなく見つつ、静かに言った。
「難儀なお前に、経験豊富な俺からひとつ、言っといてやる」
「はい……?」
「かき集めた理性なんざ、きっかけひとつであっけなく吹っ飛ぶ」
何を指しての言葉なのか理解しきれず、斎藤はまた首をかしげてしまった。
改めてこちらに目をやった土方は苦笑交じりに目尻を下げ、ハ、と小さく笑う。
「その内にわかる。寝ろ」
「……おやすみなさい」
「おう」
言われるまま己の夜着に潜り、息を吐く。
開けたままにした窓の向こう、隣から漂ってくる紫煙が薄く月に重なっている。
――不要なわだかまりは解けたように思うが、何とも名状しがたい消化不良な心地が残ってしまった気がする。
それでも、拭き込んでくるささやかな夜風を感じながら漂う紫煙を眺めている内に、斎藤はいつの間にか眠りについていた。