無意識の気まずさ
「……そう思うことで、何故、自分がわからなくなるんだ」
斎藤の呟きに藤堂は姿勢を変えず、ただ、ひとつ静かに瞬きをした。
その横顔を眺めながら、抑揚がないながらも落ち着いた声を意識して、斎藤は言った。
「平助は時々、周りに気を遣って色々考えすぎなんじゃないかと思うことがある」
「え? 一がそれ言う?」
何故か驚かせたようで、ばしゃっと水しぶきを上げながら藤堂が改めて斎藤を振り返る。
「俺は別に、周囲に気を遣っている覚えはない」
「そう断言するのもどうかと思うけど、オレ、お前ほど周り見てる奴はなかなかいないと思ってるよ……?」
「俺のことはいい、とにかく。別に、伊東さんと土方さん達を比べる必要はないだろう。それこそ、役回りが違うんだ。どちらか選べと言われたわけでもあるまいに」
違うか、とゆるく首を傾けて見せれば、藤堂はようやく明るい表情で破顔した。
「あっは。役回りが違うっての、すごい納得できるわ。確かにみんな違うよね、ほんと」
「ああ。だから別に、いいんじゃないか。尊敬していたとて、十割全て倣う必要はないと俺は思う」
「あー……そっか。……うん、そうかも」
藤堂は得心がいったように、視線を上げて反芻する。
「全部を倣う必要って、確かにないか……ないよね。いいとこ取りすればいいんだ。オレだって別に、伊東先生本人になりたいわけじゃ、ないもんな……」
「自分が、わかってきたか」
先の呟きを揶揄するように問いかけると、藤堂は歯を見せてヒヒ、と笑い、
「わかってきたよ、ありがとー」
言いながら、唐突に片手ですくった湯を斎藤の顔目がけて投げつけてきた。
思わず斎藤が「ぐ」と声を上げると、藤堂はカラカラと大きく声を転がせる。
「感謝と照れ隠しの意!」
「げほっ、口で言え……」
顔を拭いながら呻けば、「うん」と、わかっているのかいないのか、とりあえず反省の色は皆目伺えない明るい声が返される。
「一に相談して良かったよ。オレ、自分の人生に後悔だけはしたくないからさ」
――声音はとてつもなく明るいのに、何故かそれは、ささやかな泣き言のような、どこか切なげな響きをも含んで聴こえた。
眉をひそめ、ゆるく首をかしげるように改めて見やると、しかしそこで藤堂はやはり明るい表情と声で、「あのさー」と話を切り替えるように身を乗り出してきた。
「そんで、あのまま訊き損ねてたんだけど。結局、一って土方さんと何かあったの?」
言われて斎藤も思い出し、そういえばそうだった、と複雑な胸中に片眉を上げる。
「それ、覚えてたのかよって表情?」
「いや……俺もすっかり忘れていた、と思った」
「オレに話せないことだったりする……?」
どこか寂しげに問われ、斎藤は小さな溜息と共に首を横に振った。
「いや、おおまかには話そうと――」
思っていた、と言いかけたところで、ふと脱衣場のほうに人の気配を感じた。
斎藤が口をつぐむと、藤堂が首を捻って斎藤の視線を追い、風呂場の入り口のほうへ同じように目を投げかける。
と、程なくしてその引き戸が開き、まさに噂をすれば何とやら、土方が肩に手拭いを引っかけて入ってきた。
「あれっ、土方さんもこの宿だったんだ?」
「ああ……お前ら、いたのか」
土方が目を瞬かせ、声をかけた藤堂を見やり、次いで斎藤へも視線を移してくる。
が、何とも言えない気まずさを感じ、斎藤は目が合う前に視線を伏せ、浴槽からざばりと立ち上がった。
「もう上がりますので……ごゆっくりなさってください」
「え? あっ、おお……」
藤堂も何とも言えない相槌を打ちながら立ち上がり、風呂場を後にした斎藤を追ってくる。
すれ違い様に会釈だけして土方から離れた斎藤に追いつき、脱衣場で並んで体を拭いながら、藤堂は不安げに小さく呟いた。
「いや、真面目な話……どしたの?」
やはり不自然すぎただろうかと斎藤は深く息を吐く。さすがに藤堂に心配されるほどとなれば、良くないことは明らかだ。
「……部屋に戻ったら、話せることだけは話す」
ささめき返すと、藤堂は「んー」と相槌のような返事をしながら、一人になって湯に浸かっているであろう土方を振り返るように、風呂場へ視線を流していた。