雨の中の本音
あと二、三日で京へ着くというところで野分のような大雨に見舞われ、一行はその日、昼前から早々、通り過ぎる予定だった町に留まることとなった。
空いていた宿や部屋を貸してくれることになった民家などにそれぞれ隊が分散し、濡れ鼠のまま入れば、同宿の同室にあてがわれた藤堂から「どうせすることもないから、一緒にひとっ風呂浴びよーぜ」と誘われる。斎藤らの入った宿は、こぢんまりしていたが客用の風呂場が設けられているらしい。それは幸いだと、今回ばかりは斎藤も二つ返事で頷いた。
銭湯とまではいかないが、男二人が入るに充分な広さのある浴槽に浸かれば、初夏といえど突然の雨に芯が冷えていた身体からはふっと力が抜けた気がした。
高い位置にある格子窓の向こうからは、バタバタザアザアと外界を断絶させるような大雨が降り続いている。
息を吐けば、その音すら雨音にかき消されてしまう。
本当に周囲から隔絶された場所に入ってしまったかのような錯覚に陥るが、それでも場所が風呂場ゆえか、それが逆に心地良いような気になった。
「……あのさー」
ふと、隣からぽつりと言葉が届く。雨音に紛れて外には絶対に漏れない、しかし斎藤には確実に届くそんな声だった。
視線をやれば、藤堂はやはり気の抜けたような表情で浴槽の枠に頭を預けながら、天井をぼんやり見上げていた。
「オレ、ちょっと自分がわからなくなってきた、かも」
要領を得ない物言いに首をかしげれば、それに気付いた藤堂がわずかに顎を引き、こちらを見返しながら苦笑を浮かべる。
「オレね。真面目に伊東先生のこと、尊敬してるんだよ。山南さんも言ってたしね。今のご時世、忠義も大事だけど、世の中を冷静に見渡せる人も必要だ、って」
「……ああ」
「だから先生の視野の広さにはいつだって感服してるし、侍としては本当、伊東先生について行きたいなーって思ってるんだよね」
藤堂の意見に、斎藤はただ瞬きを返した。
――確かに、伊東は毎度毎度含みのある物言いをするが、言葉を素直に受け取るならば、感心することも少なからずある。時折、客観しすぎた物言いが、受け取り方によって意味が異なるように思えることもあり、その点、どうしても斎藤は未だ信用しきれずにいるのだが……――それこそ根が素直な質の藤堂には、耳障り良く聞こえるのかもしれない。
その是非に思考が至る前に、藤堂が「でもさ」と、わずかに調子を落とした声で続けた。
「こないだ……土方さんの言葉を聞いてさ」
こないだ、と言われ、すぐに先日の道中でのわずかなやり取りが頭に浮かぶ。
――『山南さんの代わりなんざ、誰にも務まらねぇ』
「あの時……どうしたって視野は狭いところがあるんだろうけど、それでも、『あー、周りの「人」をちゃんと見てるのって、やっぱ土方さんなんだなー』って思ったんだよね」
藤堂は、あまり感情が読み取れない淡々とした物言いで言って、再び頭を浴槽に預け、天井を見上げる。
「どんなに冷酷ぶったってさ。人一倍、人の感情に聡いのって、伊東先生じゃなくて、土方さんとか、近藤さんとか……ハチとか、左之っちゃんとか、総司とか。みんなのほうなんだろうなーって。『わかってくれる』のは、みんなのほうなんだろうなーって……」
ぼんやりと放たれた言葉は、そのまま声量もすぼまって、ぼんやり湯気の中に溶けてまぎれていく。
斎藤はわずかな沈黙を置いた後、そのぼんやりした空気をあまり壊さぬよう、そっと口を開いた。