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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章八話 月明かりの窓 * 慶応元年 五月
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聡い人

「あのさー。ずっと訊こうか訊くまいか、迷ってたんだけどさー」


 江戸での勤めを終え、京の新選組本隊へ戻る道中でのこと。


 ちらほらと白い雲がかかる青空の下、斎藤の隣に馬を並べて開けた街道を進んでいた藤堂が、ふと天気の話でもするように言った。


「もしかして(はじめ)、土方さんと喧嘩か何かしてたりする?」


 斎藤は静かに目を瞬かせ、言葉は返さず隣に首を回した。


「いや、別にオレの勘違いならそれでいいんだけど、なーんかちょっと……半月くらい前から微妙にぎくしゃくしてるように見えなくもないかなーって」


 藤堂はにへらと笑い、軽く肩をすくめて見せた。


 半月ほど前と言えば、まさに斎藤が土方の案内で浅川の河原へ行き、(かづら)について話した頃である。その後、土方とはあの日の会話について触れることなく、良くも悪くも必要最低限という『これまで通り』の接し方しかしていなかった。が、さすがというべきか、藤堂には何かしらの違和感を与えてしまっていたらしい。


 しらばくれたいわけでもないが、実際に喧嘩などをしたわけでもないため肯定もしづらく、斎藤はただ、どう答えれば良いのかがわからずにゆるく首を傾けた。


 それをどう受け取ったのか、藤堂が少し困ったような笑みで眉尻を下げる。


「……平助」


 仔細は伝えられないかもしれないが、それでも今ではなく、後で少し話を。


 そのようなことを言いかけた時、思いがけず後ろから馬の蹄の音が聞こえてきて、斎藤はとっさに口をつぐんだ。


「いい陽気ですねぇ。ふふ、このまま何ごともなく京までたどり着けると良いのですが」


 聞こえた甘やかな声音に振り返ると、伊東がのどかな遠景を眺めながら、斎藤と藤堂のすぐ後ろに近づいていた。


「えー、もう、伊東先生ってば。その言い方だと何か起きて足止めくらいそうなんで、やめてくださいよ!」


 ぱっと笑顔になった藤堂が笑って言い返すと、伊東は「おや、そのようなつもりでは」と眉尻を下げながらも艶やかな笑みを頬に浮かべる。


「それに何かが起こるというなら、やはり京に戻った後こそ気をつけなければならないと思いますよ、藤堂くん。改元こそ成されましたが、機運は変わらず落ち着かぬようですから」

「そうなんですか? 正直、改元されてちょっと落ち着き始めてるんじゃないかなーなんて思ってたんですけど」

「朝廷から改元案が出された折、公方様は『すべて孝明天皇様に従う』とお答えになったそうではありませんか。当然と言えば当然のことではありますが、だからこそ、やはり今こそ皆々帝に従い国を盛り立てるべき、という論調も強まっていると聞きました」

「……少々、極論のようにも聞こえてしまいますが」


 斎藤が思わず口を挟むと、しかし伊東は穏やかな笑みのまま小さくあごを引き、「そうですね」と落ち着いて答えた。


「ですが、無礼な方々(ヽヽヽヽヽ)にしてみれば、きっかけなど何だって良い、ということなのでしょう。皆さんが活躍なされた池田屋も同じこと、ほんの些細と思われる出来事が大きな出来事へと発展していく……それが今の世情と言うより他ありません」

「確かに。ま、結局は気をつけるに越したことはないって感じなんですかねー。うっかりちょっと気ぃ抜きかけちゃってたんで、そうやって釘射してもらえるのは助かります」


 藤堂が小さく息を吐き、気を引き締め直すようにきゅっと肩に力を入れる。


「伊東先生が国の状勢に明るくて、ほんと助かります」


 その素直な様子に伊東はくすくす笑って、優しく目を細めた。


「そう言っていただけるなら、私としても助かります。山南さんの穴埋めを、しっかりと頑張らなければいけませんしね」


 ――恐らくその言葉に、他意はなかったのだろう。


 が、伊東がそう言った直後、姿勢を整えついでに前を向いていた藤堂の横顔がわずかに引きつったことは、隣にいた斎藤にはしっかりと見えてしまった。


「山南さんの代わりなんざ、誰にも務まらねぇ」


 その直後だった。


 伊東よりさらに後方から土方の馬がやってきて、こちら三名を追い抜きざまに淡々とした言葉を残していく。


「新選組においても、誰の心においても……伊東さん、例えあんたがどれだけ賢くったってな」


 土方はこちらをちらとも見ずに、そのまま速足の馬を隊列の前方のほうへ向けて去って行った。


 藤堂がぽかんと口を開けてその背を見送っているのを横目に、斎藤は思わず後方の伊東を振り返る。


 一瞬、虚を衝かれたような顔をしていた伊東は、斎藤の視線に気づいてすぐさまいつもの穏やかな表情を取り戻すと、軽く肩をすくめて見せた。


「まったく、土方さんはいつも手厳しいことですね。では、少しでも国のお役に立てるよう、私は私なりに頑張りますよ」


 とっくに離れた土方には届いていなかろうが、伊東は静かに、またいつもの含みを持たせたような笑みを「ふふ」と零していた。

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