分岐
本当に、思うよりずっとずっと近くにいたのだな、と。改めて知れたことに、呆れればいいのか、気付けなかった己に憤ればいいのか、今となってはよくわからなかった。
当時に義務付けられていた勉学や仕事を思えば、城下と異なり田舎と言えるこの河原に近づく機会など、斎藤には一度としてありはしなかった。むしろ、だからこそ葛はここに留め置かれたのだろうし、やはり当時の斎藤に彼女を見つけられなかったのは、仕方のなかったことなのだとは思う。
が、それでももし――……何かの拍子で偶然ここにたどり着けたのが、土方でなく己であったならば。そのように思う気持ちがもうないかと問われれば、今もそれは否だった。
かつてがあり、今がある。その事実を受け入れはしたが、後悔というものはいつまで経っても完全に消え去りはしないのだなと、斎藤はしみじみ苦みを噛み締める。
正解も不正解もない。必死だったことだけは確かだ。斎藤も、葛も。
でも。
でも。でも。でも。
もしも。もしも。もしも。
――やはり、こと葛のことに関しては、結局は堂々巡りになってしまうのが斎藤の本質なのかもしれない。
先を見据えて生きろと言う。愁介と二人きりで話した時、これからそうしたいと思ったし、今も思っている、つもりだ。容保にはでき得る限りで恩を返したいし、新選組のこの先についても、変わらず見定めて行ければと思う。その上で、容保の言った「いざという時、一度だけ、『会津』ではなく『愁介』の命に従って構わない」という許しも加えれば、己の生をぞんざいに扱おうなどとは、もう思えない。
それでも、ふとした時に、考える。
もしも、があるならば、今はどうなっていたのだろう。彼女とは、どういう関係性でいられたのだろう。
……どういう関係性でいたいと、望んでいたのだろう。
風が吹き抜けて、背後の雑木林を揺らしていく。ささやかな水音と澄んだ香りが鼻腔をつき、それも風が攫っていく。
「なあ、斎藤」
呼ばれてようやく、先の会話を切ったまま思考に耽っていたと気付く。
ひとつ瞬いて隣を見返せば、しかし土方は斎藤が急に会話を止めたことにどうこう思っているふうはなく、どこか言い淀むような、けれど真剣な表情で斎藤を見据えていた。
「お前、幼い頃の葛に仕えてたっつったよな」
「……ええ、そうですね。土方さんもご存知のようですから打ち明けますが、葛様は……一時期、お家の嫡子として育てられていましたので」
「てぇことは、お前、葛の『国元』を知ってるんだな」
その問いに明確な言葉は返さず、斎藤は静かに目を瞬かせた。
「お前、確か元は明石の出だったよな。つーことは、あいつは明石松平家の出身だったってことか?」
――そういえば、明石も当主は『松平』だったな、と目を伏せる。
松平は由緒の正しい姓だ。神君家康公も元は松平家の出身で、つまりは元を辿って行けば大名松平家の祖はそれぞれが家康公に連なっている。明石松平家は、家康公の次男であった結城秀康公から連なるお家柄で、会津松平家は二代将軍秀忠公から連なる。とてつもなく今さらだが、徳川の『影』であった父が身分を誤魔化すために明石の御家人株を買ったのも、結局は延長線上だったのだろうなと得心がいく。
まあ、そのような思量はさておき。
斎藤は伏せていた目を再び上げ、体ごと土方に向き直った。
さて、どう答えるべきか。
わずかに細めた視線の先で、土方はただ、食い入るように斎藤を見据え、言葉を待っていた。