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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章七話 懐かしの川 * 慶応元年 四月
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広々とした檻囲い

 江戸の城下から外れた道を、土方と共に速歩(はやあし)の馬で進む。


 ――(かづら)のいた場所を知りたい。


 そう言った斎藤に、土方はしばらくの沈黙の後、おもむろに立ち上がって「ついてこい」と言って馬にまたがった。その後に斎藤が続いたのを見て、土方はそのまま城下から甲州街道に入り、何を言うでもなく黙々と馬を進め始めたのだ。


 土方に続いて見覚えのある街道を進む内、斎藤は、よもや日野へ向かうのかと思考を巡らせた。


 宿場町である日野には、土方の実姉が嫁に行った佐藤家がある。土方の義兄にあたる佐藤家の当主・彦五郎宅は日野の名主であり、傍らには天然理心流の出稽古道場を建てていて、斎藤もかつては沖田と共に幾度か足を運んだことがあった。


 もしも葛が日野にいたと言うならば、それこそ斎藤は幾度か彼女の傍らをかすめていたことになる。だとすれば本当に目も当てられないな、と知れず小さな溜息が出た。


 が、そうして一刻ほど甲州街道を進み、多摩川も越えていよいよ日野へ、という場所にさしかかった時。先を行く土方が不意に街道を逸れ、田舎道に出て行った。


 両脇を雑木林に挟まれた広くもない土手道は足元もあまりいいとは言えず、一気に周囲のひと気もなくなってしまう。


「……あの、土方さん」


 あのまま街道を進んでいればそろそろ日野に着いていただろう、と思われる頃、斎藤はさすがに前を行く土方の背に声をかけた。


 途端、見計らったように土方が「どう」と手綱を引き、馬を止める。


 驚きつつ斎藤も手綱を引くと、土方はしれっとした顔でこちらを振り返って「降りるぞ」と言った。


「はい?」


 戸惑いつつ周囲を見渡すが、脇道があるわけでもなければ周囲は変わらず雑木林がそびえていて、視界も悪い。


 それでも土方は平然と馬を降り、傍らの細木に手綱を結んで「ほら、早くしろよ。日が暮れっちまうぞ」と斎藤を急かしてくる。


 仕方なく土方に倣って馬をつなげば、次いで土方はそのまま鬱蒼とした雑木林の獣道に踏み込んで行った。


「……はあ……」


 さすがに説明が欲しい、とは思ったが、やはりついて行く以外になく、思わず嘆息が出る。斎藤は先を行く背を見失わぬよう、邪魔極まる枝葉を避けながら、生い茂る草を踏み分けて後に続いた。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 しばらくも行かぬ内に耳に水音が触れ始め、そうかと思えば突然、雑木林を抜けて視界が開けた。


「ここは……」


 多摩川に比べれば川幅は狭いが、ところどころ草花が生い茂る石砂利の河原。


浅川(あさかわ)だ。多摩川の支流だよ」


 ここへ来て、ようやく土方が斎藤の言葉に正しく答えた。土方の指さす下流はただただ川が続くばかりだが、先ほど馬で越えた多摩川からの距離を思えば、なるほどあそこに繋がっているのだろうということは理解できる。


 斎藤は目を瞬かせ、後ろの雑木林を振り返り、それからやはり雑木林の並ぶ対岸を見て、ひと息吐くように澄んだ河原の空気を吸い込んだ。


 水と草木の香りは穏やかで、嫌な気はしなかった。が、周囲に一切ひと気がなく両岸を雑木林に囲まれているためか、広々としているのにどことなく閉塞感を覚える。同じく広々としていながら、その上で賑やかしく多くの人が行き交う、京の鴨川を見慣れてしまったせいだろうか。


「……俺はここで、葛に会った」


 その言葉に隣を見れば、土方は感情の読めない瞳を、真っ直ぐ浅川の流れに向けていた。

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