経年の変化
「ほら。前にちょろっと聞いた、斎藤の大事な人……その人のお墓って、江戸にあるんじゃないの?」
できることならオレも手を合わせたい、と言った藤堂に、斎藤は数拍、声を詰まらせた。
――実は生きていたのだ、などとは、打ち明けられるわけもなく。
「……すまない。事情があって……俺も、墓の場所を知らないんだ」
事実ではあったが真実ではない言葉で誤魔化して、斎藤はもう一度「すまない」と低く呟く。
藤堂は寂しげに眉尻を下げて、「それはつらいね」と目を伏せた。
本当にその通りではあったのだが、山南を亡くした藤堂を前には、どうにも後ろめたい気持ちが否めない。
以前の藤堂相手であれば、いっそ打ち明けてしまったほうが良かったのかもしれない。が、今そうすることは、良かれ悪しかれ斎藤に親近感を抱くことで、どうにか前を向こうとしている藤堂にとって良策になるとは思えなかった。
「例え墓でもさ、話せないってのは、厳しいよね」
再び藤堂が、我がことのように苦笑いに苦悶の表情を交えて呟く。
「斎藤が昔、あんだけやさぐれてたのが、今ならよくわかるよ。忘れたくとも逆に忘れられないよね、それ」
「……ああ」
向けられた教官には同意しかなく、斎藤も思わず苦笑いに薄く口の端を上げてしまう。
「今も忘れられなかったりする?」
「いや、今は……」
どう答えたものかと視線を流すが、藤堂は期待か懇願か、慌てることも急かすこともなく斎藤が再び口を開くのを静かに待っていた。
「……以前は、むしろ忘れるものかと躍起になっていた気がする」
「ああ……」
「だが不思議と今は……無理にあの頃の想いを抱き続けようとも、逆に無理に忘れようとも思っていない……のかもしれない」
斎藤の答えに、藤堂は少し考えこむように視線を足元に向けて黙り込んだ。
それを横目に眺めながら、斎藤自身もつい思考に耽る。
藤堂に伝えた言葉は、嘘でも誤魔化しでもない、本心でもあった。
――実際、かつて葛に固執していた感情は、今は良くも悪くも落ち着いたものへと変化していた。再び失ってなるものかなどと思うようなこともなければ、故意に無理やり、容保を優先すべく思考の外へ追いやらねば、などと思っているわけでもない。ただ、良くも悪くも、愁介の拠り所が己以外にも存在することを今は理解できているし、それは斎藤自身も似たようなものだ、と思えているからかもしれない。
以前、土方は言った。「近藤さんの存在は俺の芯で、俺にとっての何よりの『支え』だと思ってる。だが、近藤さんの存在だけで俺はこの場に立ってるわけじゃねえ」と。これに尽きるのだろうと思う。今となっては斎藤も、葛の存在や、共に過ごした日々という軸こそあれど、今こうしているのは容保や新選組の面々、そして新たに出会った愁介という存在があってこそだと自覚できている。
だからこそ、愁介もそうであろうと思える。無力感がないでもないが、斎藤だけが護らずとも問題ないのだと、今の愁介を見ていればさんざ思い知らされるからだ。
そこまで考えて、ふと。
改めて、土方のことに意識が向いた。