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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章七話 懐かしの川 * 慶応元年 四月
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江戸の空気

 桜もすっかり散って初夏の陽気も見え始めた、四月の半ば。斎藤は、随分と懐かしく感じられる空気を噛み締めていた。


 江戸城下。京の都とはまったく違う軽やかな賑わいに溢れる町の一角にある会所を間借りして、新選組は新規隊士を募っているところだった。山南の一件がある前、藤堂が務めていた場所だ。今回は斎藤と藤堂はもちろん、土方や伊東も含めたそれなりの構えで入隊試験をおこなっている。面接を土方と伊東が、そしてその面接を通過した者の実力を見るための一本勝負を、斎藤と藤堂が会所奥の中庭でそれぞれ担当している形だ。


 連続で入隊希望者を次々打ち据えていけば、さすがにこの季節、汗も出てくるが、それでもやはり江戸は京に比べて空気がからっとしていて、むしろ程良く心地いい。


 今回の募集においては、藤堂いわく「こないだまでより張り切ってる奴、多い気がする」とのことらしく、少々こちらの息が切れるのも、然もありなんといったところだった。


 そういう入隊希望者が多いのは、元々江戸の浪人上がりであり、現在は副長たる土方が面接を直々に担当している、ということももちろんあるだろう。が、つい先日、元号が元治から慶応へと改元されたことも関係があるように思う。


 斎藤自身はここしばらく、新選組内でのごたごたに終始する形となっていたが、世情は改元をされるほどに、やはり変わらず落ち着きがない。


「――おい、お前ら」


 そうして、斎藤と藤堂がそれぞれ入隊希望者を相手にしているこの中庭において、ちょうど面接場からの人の流れが落ち着いた時だった。人が途切れた今の内にと、二人並んで水を飲み、汗を拭いていたところへ、聞き慣れた掠れ気味の低音で呼びかけられる。


 斎藤と藤堂が軽く息切れしたまま、互いに答えることなく揃って後ろを振り返ると、面接場から続く向かいの濡れ縁に、当の土方が立っていた。


「今日は息抜いていいぞ」

「え、もう?」


 土方の短い指図に、藤堂がきょとんと目を瞬かせて虚を衝かれた声を出す。


 斎藤も息を整え、まだ高い位置にある陽をちらと見上げた。


「……昨日までと比べ、随分と早いですね」

「今日、そんな入隊志望者少なかったっけ?」

「いや。まだ数はいるが、今日はこれ以上こっちに回せるほど使えそうな奴が見当たらん」


 どうやら、先に回収した紹介状やら自他問わぬ推薦状やらに目を通し終えたところで、こちらへ声をかけに来たらしい。


「仮に拾いモンでも見っけたら、逆にそいつの実力はこの目で見てみてぇから、俺自らが実戦試験も対応してやるよ」


 そんなことを言いつつも、既にあくびを噛み殺したような顔をしているので、どうやら本気で見込みのある志望者は既に面接を終えてしまっているようだった。それこそ土方自らがわざわざこちらに声をかけに来たのも、これからの退屈を多少紛らわせるための息抜きの意図もあったのかもしれない。


「そっか。じゃあ、遠慮なくオレ達は休ませてもらいまーす」

「ああ。だが一応、会所(ここ)にはいろよ」

「承知しました」


 斎藤がうなずき、藤堂が手をひらひら振ると、土方も軽くあごを引いて首肩を回しながら面接場へと戻っていく。


 その後ろ姿が見えなくなってから、斎藤は改めて小さく息を吐いた。


「ま、そりゃ入隊希望者の質も日によってまちまちなのは当然っちゃ当然だよね」


 藤堂も、少し前までの緊張感を持った空気をすっかりゆるめ、手を組んでぐぐっと頭上に押しやり、伸びをする。


「どうせなら、遊びに行ってもいいぞって言って欲しかったなー。そしたら(はじめ)とぶらぶらできたのにね」


 藤堂は悪戯っぽく笑って、横手にあった縁框(えんかまち)に腰かけた。


 ぽんぽん、と隣を促されるので、斎藤も薄く口の端を引き上げてそこへ腰を落ち着ける。


「さすがに、それでは他の隊士にも示しがつかないだろう」

「まーね。でも、実を言うとちょっと行きたいとこあったんだよね」


 ふと、そこで何故か藤堂が苦笑気味にまなじりを下げ、そっと斎藤の顔を覗き込んでくる。


「ほら。前にちょろっと聞いた、斎藤の大事な人(ヽヽヽヽ)……その人のお墓って、江戸(こっち)にあるんじゃないの?」

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