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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章六話 手結びの絆 * 元治二年 三月
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同調と躊躇い

 藤堂は小石を蹴った足元を見下ろし、薄い笑みを浮かべたまま、特に応とも否とも答えなかった。答えられない心情が伝わった気がして、斎藤もそれ以上は何も言わなかった。


 そこから特に会話もなく、ただ二人並んで屯所へ向かう。


 元々、あれこれ喋るのが得意ではない斎藤には苦でない無言だったが、藤堂にとってこれがどういう空気なのかは、さすがに測れなかった。かと言って無理に話しかけるのも違う気がして、そのまま見るでもなく街中の様子を眺めやる。


 春ゆえか、行き交い、時に立ち止まって会話をやり取りする人々の様子は、心なしか浮かれているようにも見えた。永倉や原田の一件があったからか、それとも実際多いのか、並び立つ男女の姿もよく目につく気がする。


 ふと、屯所で聞いた原田の言葉が脳裏をよぎる。土方にも『拠り所』が必要なのではないか、という話。


 それを言うなら、藤堂にこそ必要なのではないかと改めて思う。今、一番の拠り所を喪ったのが藤堂なのだから。


 ただ、それを口にする残酷さも同時に理解して、知れず小さな吐息が漏れる。斎藤とて、(かづら)を亡くしたと知った直後に容保を真の主とせよと言われ、さんざ反発心を抱いたのだ。到底、切り替えも受け入れもできるものではない。


 ……原田はどうか知らないが、少なくとも永倉はわかっていて、何も言わなかったのかもしれないなと、今さらながらに察する。だからこそ、もどかしくも思う。考えれば考えるほどに、己のできることなど何もないのだと無力さを突きつけられているような心地だ。


「……春だねえ」


 不意に、同じように周囲を眺めやっていた藤堂が、ぽつりと呟いた。


「左之っちゃんとハチがさ、所帯持ったじゃん」

「……ああ」


 思考の重なりに少しばかりどきりとして、普段以上に平坦な相槌が零れ落ちる。


 しかし藤堂は気にした様子はなく、ただ何故か少し困ったような様子でちらと斎藤を窺い見てきた。


「一はさ、考えたことある? そういう、何か……好いた人っていうか、所帯持ちたいなみたいなこと」


 思いがけない問いに少々面を食らい、斎藤は静かに目を瞬かせた。


「……いや。一度も考えたことがない」


 むしろ己には一番縁遠いことだ。所帯を持ち、拠り所を得るなどということは、己が役目以外の物事に縛られるということでもある。斎藤からすれば、あり得ない、と切り捨てて良いほどに関係のない物事のように感じられる。


 と、斎藤のそっけない答えに苦笑した後、藤堂は「そっか、良かった」と小さく独り言ちた。


 その言葉に斎藤がゆるく首をかしげると、藤堂はハッとした様子で口元を押さえて眉尻を下げる。


「んあ、ごめん。何か感じ悪いよね」

「いや、そうは思わないが……」

「……正直さ、オレもそういうの考えたことってなかったからさ。ハチや左之っちゃんのことはおめでたいって本当に思うけど……でも何か、ちょっと取り残されたような気もしちゃってさ」


 少しばかり気まずそうに、同時に気恥ずかしそうに、藤堂は軽くぱたぱたと片手で顔を扇ぐ。


「良くないよね、こういうの。せっかくの祝い事なのに、楽しくないね」


 そんなことはないと言いたくて、ただ何となく否定しても良いものかと躊躇って、斎藤は口をつぐんだ。


 その直後だった。


「楽しくない時はね、笑えばいいと思うよ!」


 明朗な声が、横手から飛び込んでくる。

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