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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章六話 手結びの絆 * 元治二年 三月
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恨み節

「……あれ。土方さん」


 呼ぶというよりは独り言ちたような藤堂の呟きに、斎藤も後ろを振り返る。


 と、どこか気まずそうに視線を横手に流している土方が、墓の入り口に立っていた。


 その手に何が持たれているわけでもないが、土方が単身で光縁寺に来る理由などひとつしかない。斎藤はちらりと藤堂の脇にある墓石を一瞥した。


 しかし直後、斎藤が再び視線を戻した時、土方は藤堂と一瞬ばかり視線を合わせてすぐさま踵を返そうとした。


「いや、帰るんかーい」


 即座に藤堂が苦笑まじりの声を上げる。


 土方は背を向けかけた身体の動きを、錆びて抜けなくなった刀のようにぎこちなく止めた。


「せっかく来たんなら、ちゃんと声かけたげてよ、土方さん」


 他でもない藤堂に言われては、土方とてそのまま帰るわけにもいかず、先より余計に気まずそうに眉根を寄せて息を吐く。


 改めてこちらを向いた土方は、何か言葉を探すように口を開閉させ、けれどすぐにそうすることがまどろっこしいとでも言うようにもう一度溜息を吐いて、藤堂を見据えた。


「俺を恨むか」


 山南が腹を切り、思いがけず藤堂が江戸から戻って来て、ひと月。今更のような、しかし今だからこそのような土方の問いに、藤堂はわずかに驚いたように目を見開いた。


 さあ、と春先の風が吹き抜けていく。


 わずかな沈黙の後、藤堂は苦笑いを深め、ゆっくりと首を横に振った。


「オレが恨むようなことじゃないでしょ。山南さんだって、土方さんのことを本気で嫌ってたわけじゃないし、土方さんを恨んじゃいなかったこ。それくらい、オレもわかってる」


 静かで落ち着いた答えに、帰還直後の動揺ぶりはすっかり、なりを潜めていた。


「そうか」と低く呟いて、土方が墓の元へ歩み寄ってくる。


 藤堂はそれにほっとしたように眉尻を下げ、小さな力で斎藤の袖を引いた。


「……オレ達は帰ろ」

「ああ」


 頷き、土方には目礼をして、藤堂と共に斎藤もその場から歩き出す。


「……俺は、謝らねぇぞ」


 背中から聞こえた声に藤堂共々振り返ると、土方の目は山南の墓に向けられたまま、誰に向かってかけられた言葉だったのかは知れなかった。


 それでも藤堂は、わかっているというように笑みを深め、言葉を返さずそのまま光縁寺を後にする。


「……ああいう形の慰め方しか、知らないんだろうなあ。不器用なお人だこと」


 しばらく無言で歩いた後、壬生村を出た辺りで藤堂が気の抜けたような笑みを含んで言った。


「まったく、土方さんてば優しすぎて困っちゃうね」

「……強いな、平助」

「そうでもないよ。(はじめ)がいなかったら、それこそ恨みたい気持ちが(まさ)って、癇癪起こしてたかも知れないし」


 藤堂は、にへ、と目と口元をほころばせて隣を歩く斎藤を見やる。


「……無理をする必要は、ないと思う」


 それこそ、今の時点で例え藤堂が土方に「恨んでいる」と答えたところで、土方は恐らくそれを当然として受け止めて終わったのではないだろうか。むしろ土方からすれば、そのほうがいっそ安堵するのかもしれない。いつだって自ら憎まれ役を買って出るのが、土方のやり方だからだ。


 ただ、先ほどの様子を見る限り、藤堂はそれらも含めて「わかっている」のだろうとも思う。だからこそ、己の二の舞になどなってもらいたくはなくて、仮に言ってもあまり意味がなかったのだとしても言いたくなる。「無理はするな」と。

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