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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章六話 手結びの絆 * 元治二年 三月
174/203

望むも望まぬも

「あ。総司、お疲れ様」


 首を捻りながら部屋に入ってきた沖田に、愁介がぱっと顔を上げる。


「いやあ、ちょっと土方さんが、しれっとトンデモ発言してくれたもんだから……」


 そうして苦笑交じりに、愁介は先ほどのやり取りを沖田に説明した。


「あっはは、なるほど。それは永倉さん達、驚いちゃいますね」

「実はオレもびっくりした」

「えぇ? どうしてですか、もう。愁介さんも、おかしなところで鈍いんだからなぁ」


 沖田は鈴を転がしたようにきゃらきゃらと笑い、かと思えば、つい今しがた斎藤が呑み込んだ言葉を、驚くほどあっさり口に出した。


「もう、改めて名乗り出ちゃえば良くないです?」

「良くないですぅ……」


 案の定、愁介は考える間すら置くことなく首を横に振る。


「今のこの状況じゃ、誰も何も得しないよ」

「そうですか? 土方さんは得すると思いますけど」

「しないでしょ。子を産めもしない昔の婚約者まがい(ヽヽヽ)が現れたところで、今の土方さんにはむしろ邪魔すぎない? むしろオレには、こっちが何を欲さなくたって、扱いに困って最後は金子で解決しようとし出す土方さんしか思い浮かばないね」


 思いつめるでもなく、あっけらかんと空気を払うように手をはためかせた愁介に、沖田はわずか数拍、口をつぐんで、


「……それは、そうかもしれませんね」


 少し困ったように眉尻を下げ、苦笑いに頬を傾けた。


「何だかすみません」

「はは、総司が謝ることじゃないでしょ」


 斎藤もつい、「あり得そうだ」などと考えてしまい、何とも言えないものを口の中で転がして息を吐く。


 すると沖田は、大きく首を捻ってぼんぼり髪を揺らしながら、ちらと斎藤のほうへ目を投げやって、


「うーん……じゃあ、もういっそ土方さんから斎藤さんに乗り換えて、斎藤さんのお内儀になっちゃうとかはどうですか?」

「は?」

「ハ?」


 綺麗に、斎藤と愁介の胡乱な声が重なった。


「あんた……何を言ってるんだ」


 つい半眼になった斎藤から、沖田はすぐさま目を逸らして「あ、いえ、他意はないんですけどぉ」としらばっくれる。


 しかし直後、反対から沖田を覗き込むように体を傾けた愁介が、呆れたように口元をへの字に曲げて切り込んだ。


「……総司。どうにかしてオレを新選組と縁続きにしようとしてない?」


 途端、沖田は「くっ……」と図星を突かれたような様子で顔をしかめ、「だってぇ!」と駄々をこねる子供のような声を出す。


「今だからこそ余計に新選組に欲しいですもん、あらゆる意味で! 斎藤さんもそう思いませんか!」

「勝手なことを言う挙句に俺を巻き込むな」


 一蹴すれば「薄情者!」と何故か斎藤のほうが責められる。言葉を返す気力も失せて無言を返すと、「目が冷たい」とさらに嘆かれた。


 溜息を吐き、畳に落ち着けていた腰を上げて「出てくる」と言い置く。


「えっ、そんなに怒らせちゃいました?」

「違う。元々、あんたが帰ってくるまで愁介殿を一人にできなかっただけだ。もうここにいたって仕方ない」


 慌てたように袂を掴んでくる沖田に抑揚のない声で答えると、沖田は「もう、またざっくり言う……」と口を尖らせながらも、言葉とは裏腹に安堵したような様子で手を離す。


「あ。斎藤、色々付き合ってくれてありがとう」

「お気になさらず」


 手を挙げる愁介に軽く一礼して、斎藤はそのまま静かに退室した。


 西本願寺の広い外廊下に出て、後ろ手に障子を閉める。


 ――直後、改めて無意識に深い溜息が出た。


 どういう類の感情が漏れ出たのかは斎藤自身もよくわからないままだったが、妙にどっと疲れたような気がした。

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