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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章六話 手結びの絆 * 元治二年 三月
173/203

歪な不変

「今日一番の衝撃だった」


 永倉らの部屋を退室し、斎藤と沖田の自室へ戻ってすぐ、愁介が未だ驚き冷めやらぬ様子で呟いた。


 沖田は今日、稽古番についており、そろそろ任を終えて戻ってくるのを待つ間は、広々とした八畳間に愁介と二人きりになる。


「……永倉さんと原田さんが驚くのは、まあ、わかるのですが」


 押し入れからざぶとの取り出し、愁介に差し出しながら斎藤はわずかに眉根を寄せた。


「あなたが驚くことですか?」


 半ば呆れ気味に切り返せば、愁介は心底意外そうに「は?」と首をかしげた。


 ああ、これは本気で思い至っていないのだなと悟り、思わず小さな溜息が出る。


「……どう考えても『(かづら)様』のことだと思いますよ。夫婦(めおと)になる約束を、かつて交わしたのでしょう」

「……あ」


 愁介は一拍置いて、ようやく理解できたのか間の抜けた声を上げる。


「あれ、本気で言ってくれてたのか……」


 ぽつりと零された言葉に、今後は斎藤が軽く首をかしげてしまった。


「冗談だと思っていたのですか?」

「いや、冗談とは思ってなかったんだけど、本気とも思ってなかったっていうか……前にも言ったと思うけど、土方さんにとっては、子供に対するおためごかしだと思ってたから」


 どういった感情なのか、愁介は困惑したように顔をしかめて息を吐く。


 ――改めて名乗り出てはどうですか。


 言いかけて、喉元に上がりかけたその言葉を斎藤は呑み込んだ。返ってくる言葉が、すぐさま推測できたからだ。


 男として生きると決めた、というより、詰まるところ、愁介は恐らく『女として生きることを諦めた』のだと斎藤は思っている。子を産めない体となり、そうして引き換えに伸ばした剣術の腕を持って、侍として会津のために従事することを決めたのだと。


 だとするなら、今さら土方に名乗り出たところで、愁介がかつての関係を土方と改めて築き直すとは思えない。これまで適度に新選組の懐に入り込み、適度に距離を取っていた『程ほどの関係』を崩してしまうことに、会津としての利点は今のところないからだ。


 ……それが、愁介当人にとって正しい選択なのかどうかは、ともかくとしても。


 元々、葛も斎藤も初めから歪に生きてきたのだ。今さらそれをどうこう言うつもりもないし、愁介が納得しているのなら、それこそ斎藤が今さらどういう言うことでもない。


 ただ、結局変わらないものは変わらないのだな、と……わずかな安堵めいたものと、わずかな落胆めいたものが、胸中を這い回ったような気がした。


「ねえ。何でしょう。随分、永倉さんと原田さんが賑やかにしておられますけど」


 そうして不意に、部屋のもう一人の主が戻ってきたのは、斎藤と愁介がどちらとも口をつぐんだまま沈黙の中に浸っていた時のことだった。

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