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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章六話 手結びの絆 * 元治二年 三月
172/203

祝いと想定外

 原田がまた、何の気なしにぼやく。


 が、それに返す言葉は誰からも上がらず、室内には名状しがたい空気が流れた。


「……おん? 何だ?」


 さすがの原田も、それまでの会話の流れと異なり妙な沈黙が続けば不審に思ったようで、目を瞬かせて一同を見回した。


「何だよ、どうした?」

「いや、どうって……ねぇ」


 永倉が、困ったように肩をすくめる。


 愁介も同じく、眉尻を下げて首を捻りながら呟いた。


「こう言うと失礼なのかもしれないけど、土方さんが所帯を持つところが想像できない……かな、オレは」

「そうね。それね」


 永倉が同調を示して深く頷き、「あとまぁ、本人にまったくその気がなさそう」と付け加えて斎藤に視線を投げやってくる。


「じゃない?」


 それまで基本口を閉ざしたまま三人のやり取りを眺めていた斎藤は、わずかばかり眉根を寄せて「私に訊かれましても」と首を横に振る。


 ――実際、斎藤には何とも言えない話題だ。愁介はあっけらかんと「想像できない」などと言ってのけたし、これまでの土方を思う限りは、斎藤も永倉と同じく、似たような印象を抱いていないわけではない。が、如何せん、そう言った愁介本人が、いわくかつて土方とそういった(ヽヽヽヽヽ)約束を交わしていたことがある、ともいうのだから。


「んんー、そもそも何で、土方さんが所帯持ったほうがいいって?」


 永倉が口元をすぼめつつ、原田に問い返す。


「そりゃあ、『拠り所が』って話だったろ」


 つまり、土方にこそ今は拠り所が必要ではないか、と原田は言いたかったらしい。


 しかし、これにも永倉はゆるく首を捻って「どうなんだろうねぇ」と軽く呻いた。


「正直、俺には判断しづらいかなぁ。土方さんって元々が『遊んで発散させる』ってぇ(たち)でしょ。たまーに遊郭に行ったって馴染みは作らないし、もらった付文も返事は一度もしてないっぽいし」


 これにはさすがに、斎藤もわずかに顎を引いて首肯を返す。


 愁介も同じ様子で、幾度か首を縦に振って頷いた。


「総司からも、近藤さんのそういう話は聞いても、土方さんのそういう話は『するだけ無駄』って聞いてるんだけど……」

「そーね。所帯云々じゃなく、あの人にとって心に決めた相手がもう『近藤さん』で固まっちゃってるところあるから」


 と、そう言った永倉の言葉には、さすがに原田も得心がいったのか「あー、それはそうか」と口元を歪める。


 まさに、そんな時だった。


「おい、邪魔するぞ」


 低く掠れ気味の低音が外からかかり、室内の四人が揃って顔を見合わせる。


 ――土方の声だったからだ。


 特に悪口を言っていたわけでもないが、勝手に話題に上げていた当人に突然現れられると、何とも言えない気まずさを感じてしまい、思わず唇を引き結ぶ。


「はいはーい? どうぞ」


 そんな中、さすが永倉だけはそれを声に出すことなく、苦笑い交じりに返事をした。直後、ぺちぺちと周囲に促すよう軽く自身の頬を叩き、表情を引き締めて体ごと声のしたほうへ向き直る。


「……何だ、手前(てめ)ェ、また来てたのか。本当に暇だな」


 障子を開けて入ってきた土方は、すぐさま愁介の存在に顔をしかめて顎を上げた。


「はいはい。何とでもどうぞ」


 愁介は軽く受け流すようなことを言いながらも、不敵に笑って顎を上げ返す。


 ――そこは対抗せずとも良いのでは、と思うわけだが、結局は池田屋での一件が尾を引いたまま、山南の一件が過ぎてさえ、いつだって表立っての二人はこんな様子だ。いや、表立っても何も、土方は結局のところ愁介の正体を知らぬままなわけだから、仕方がないと言えばそうなのかもしれないが。


「土方さん、何かあった?」


 永倉も苦笑交じりにそんな二人を眺めやり、言葉を挟む。


「ああ……こないだのお前らの祝言、俺は屯所番でどっちも顔を出してやれなかっただろ」


 土方は、愁介の目があることにばつ悪そうな顔をしながらも、永倉と原田の元へ歩み寄るとその前で膝をつき、懐から包みを二つ、取り出して置いた。


「ほらよ」と半ば無造作に置かれたそれらが金子の包みであることは明らかで、永倉と原田は虚を衝かれた様子で互いの顔を見合わせる。


「……幹部の祝い事における給付金なら、こないだもらったけど?」

「馬鹿。俺個人からだよ」


 永倉が意外そうに、しかしわかった上で言ったであろう言葉に、土方がムッと拗ねたような様子で顔をしかめて言い返す。


「じゃなきゃ、わざわざ自分の手で渡しに来るかっつーんだ」

「まじにか!」

「あらま。素直に嬉しいんだけど、お礼はどうしたらいい?」


 原田が明るく喜色の声を上げ、永倉はにんまり笑って、悪戯っぽく首をかしげて見せる。


「祝いに返しがいるかよ、馬鹿野郎」


 もちろん、互いにわかってのことだろう。土方がまったく素直でない様子で吐き捨てても、永倉も原田も満面の笑みを浮かべて「ありがとな!」「本当にありがとう、土方さん」と遠慮することなく包みを受け取った。


「確かに、土方さんに祝言に来てもらえなかったのは残念だけどさ。良かったら今度、夕餉と酒くらいはご馳走させてよ。忙しいのもわかってるけど、近藤さんと一緒にちょっと一晩だけウチに寄るくらいは平気でしょ」

「俺も! 俺も! まさの作るメシは美味いんだぜ!」

「そうだな。それくらいは都合する」


 二人の様子に、土方も今度は薄く笑んで頷き返した。


 かと思えば、随分と忙しない様子で「じゃあな。邪魔をした」とすぐさま腰を上げた。


 そのまま踵を返し、部屋を出て行こうとする背中を見送って、


「ねぇ、土方さんは誰かと所帯持つ気ってあるの?」


 土方が障子を閉める直前、あけすけに愁介が問いかけた。


「は?」

「あらま、率直だこと」


 土方が怪訝に顔をしかめて振り返り、永倉は面白そうに笑って口元を押さえる。


「お前にゃ関係ねぇだろ。ねぇよ」


 関係ないと言いつつもしっかり答える土方に、永倉が声を殺してまた笑い、原田は言葉通りを受け取って「んあー、やっぱねぇのか」と頭の後ろで手を組んで残念そうにする。


「土方さんともあろう人が、イイ相手もいないのかよ」


 原田は先ほど、ある程度の納得はした様子だったが、それでもまだ土方にも拠り所が必要なのではという想いが残っているのか、未練がましく問いを重ねる。


 その様子に、土方は先ほどまでのこちらの会話をある程度察したのか「何の話をしてやがるんだ、手前ェら」と呆れた様子で溜息を吐き、そのまま改めて部屋から去っていく。


「……まぁ、昔はいないわけでもなかったけどな」


 障子が閉まる直前、ぽつりと独り言つような呟きを残して、土方の足音は遠のいていった。


「……えっ」

「は!?」

「いたの!?」


 直後、一拍ほどを置いて、斎藤を除く三名全員から驚嘆の声が上がる。


 室内はその後、一時騒然となった。

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