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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章六話 手結びの絆 * 元治二年 三月
171/203

めでたい拠り所

 月が替わり、弥生を迎えた。残っていたわずかな雪もすっかり溶け消えて、まだ鳴き方が下手くそな鶯の声が聞こえるようになってくる。


 そんな中、新選組も山南の一件の始末を終え、下京堀川の西本願寺へ屯所を移したのだった。


 と同時に、原田と永倉がそれぞれの相手と祝言を上げ、所帯を持つことになった。


 明るい話題が舞い込んだことで、表面上、隊内も山南の一件を引きずることなく穏やかな移転が済んだ形だ。


「――まぁね。正直を言うと、山南さんの一件があったからこそ、改めて拠り所みたいなのが欲しくなったってのもあるんだけどさ」


 新しくなった広い屯所内でも、幹部陣の部屋割りは大して変わることなく。


 斎藤は今、愁介を連れて原田と永倉の部屋に祝いを伝えに来たところだった。斎藤自身は祝言の席にも招かれていたのだが、愁介はそうではなかったため、改めてのことである。隊の空気も明るくなった、という愁介の何気ないひと言を受けての、永倉の答えが先の言葉だった。


「そっか……そうですよね」


 苦い笑みを浮かべ、愁介がうなずく。まだ何の飾り気もない板張りの八畳間に、その声は随分としんみり響いた。


「でもま、たぶん山南さんも祝ってくれると思うから」

「だよなー。平助もそんなこと言ってたし」


 永倉と原田が、明るく空気を混ぜ返すように笑う。


 原田の言葉には愁介もまなじりを下げ、気を取り直したように大きく頷いた。


「なら、良かった。本当におめでとうございます。でも、二人とも住まいは屯所のまま?」

「一応はな。でも外に別宅持たせてもらってんぜ」


 首をかしげた愁介に、原田が自慢げに胸を答える。


「幹部陣は、所帯持つと外に家持つのも許されるからな!」

「なるほど! じゃあ、奥方さんを寂しがらせることもないですね」

「そこはどうかなーとは思うけど。ま、ありがたいよね」


 永倉も、さすがに普段の飄々とした表情よりも砕けた笑みに頬をゆるめ、くすぐったそうに笑う。


 が、その直後、永倉は照れ隠しなのか、あるいはふと気になっただけなのか、「そういえば」と首を傾けて目を瞬かせた。


「松平は……ってか会津の方々もそうだけど、そっちはそういうの、ないの?」

「え。ないですよ?」


 愁介はきょとんとした様子で、あっけらかんと返す。


「京に詰めてる会津の人たちって、大半が国元や江戸に所帯持ってる人が多いし……若い人は正直、それどころじゃないって感じもあるし」

「ああ、まあ……なるほどねぇ」

「そういうとこも会津は頭固ぇんだな?」


 永倉がせっかく曖昧に濁して納得を見せたというのに、原田は相も変わらずの悪気のない様子でずけずけと言った。


 斎藤と永倉が、意図せず同時に小さな溜息を吐く。


 しかし愁介は気にした様子もなく「確かにそうかも」と笑うばかりだった。


「つーか正直、会津の人らより、土方さんこそ所帯持ちゃいいのになって俺は思うんだけどよ」

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