めでたい拠り所
月が替わり、弥生を迎えた。残っていたわずかな雪もすっかり溶け消えて、まだ鳴き方が下手くそな鶯の声が聞こえるようになってくる。
そんな中、新選組も山南の一件の始末を終え、下京堀川の西本願寺へ屯所を移したのだった。
と同時に、原田と永倉がそれぞれの相手と祝言を上げ、所帯を持つことになった。
明るい話題が舞い込んだことで、表面上、隊内も山南の一件を引きずることなく穏やかな移転が済んだ形だ。
「――まぁね。正直を言うと、山南さんの一件があったからこそ、改めて拠り所みたいなのが欲しくなったってのもあるんだけどさ」
新しくなった広い屯所内でも、幹部陣の部屋割りは大して変わることなく。
斎藤は今、愁介を連れて原田と永倉の部屋に祝いを伝えに来たところだった。斎藤自身は祝言の席にも招かれていたのだが、愁介はそうではなかったため、改めてのことである。隊の空気も明るくなった、という愁介の何気ないひと言を受けての、永倉の答えが先の言葉だった。
「そっか……そうですよね」
苦い笑みを浮かべ、愁介がうなずく。まだ何の飾り気もない板張りの八畳間に、その声は随分としんみり響いた。
「でもま、たぶん山南さんも祝ってくれると思うから」
「だよなー。平助もそんなこと言ってたし」
永倉と原田が、明るく空気を混ぜ返すように笑う。
原田の言葉には愁介もまなじりを下げ、気を取り直したように大きく頷いた。
「なら、良かった。本当におめでとうございます。でも、二人とも住まいは屯所のまま?」
「一応はな。でも外に別宅持たせてもらってんぜ」
首をかしげた愁介に、原田が自慢げに胸を答える。
「幹部陣は、所帯持つと外に家持つのも許されるからな!」
「なるほど! じゃあ、奥方さんを寂しがらせることもないですね」
「そこはどうかなーとは思うけど。ま、ありがたいよね」
永倉も、さすがに普段の飄々とした表情よりも砕けた笑みに頬をゆるめ、くすぐったそうに笑う。
が、その直後、永倉は照れ隠しなのか、あるいはふと気になっただけなのか、「そういえば」と首を傾けて目を瞬かせた。
「松平は……ってか会津の方々もそうだけど、そっちはそういうの、ないの?」
「え。ないですよ?」
愁介はきょとんとした様子で、あっけらかんと返す。
「京に詰めてる会津の人たちって、大半が国元や江戸に所帯持ってる人が多いし……若い人は正直、それどころじゃないって感じもあるし」
「ああ、まあ……なるほどねぇ」
「そういうとこも会津は頭固ぇんだな?」
永倉がせっかく曖昧に濁して納得を見せたというのに、原田は相も変わらずの悪気のない様子でずけずけと言った。
斎藤と永倉が、意図せず同時に小さな溜息を吐く。
しかし愁介は気にした様子もなく「確かにそうかも」と笑うばかりだった。
「つーか正直、会津の人らより、土方さんこそ所帯持ちゃいいのになって俺は思うんだけどよ」