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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章五話 哀泣の声 * 元治二年 二月
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第三者の苦悶

「本当にごめん」


 控えの間に入り対面して早々、愁介が苦悶の面相でうなだれるように頭を下げた。


「間に合わなくて、ごめん……」


 容保(かたもり)と同じことを、しかし容保以上に思い詰めた様子で言う。その小さくなった姿に、これでは容保が心配するのも当然だと、斎藤は密やかに息を吐いた。


「……あなたの謝られることではありません。どうしようも、なかったことです。誰が悪かったわけでも、ないのだと思います」


 斎藤がそう答えると、愁介は困ったように眉尻を下げて頭を上げた。


「どうしようもなかったって……でも」

「山南さんの望んでいたことですから」


 短く告げれば、愁介は目を瞠り、直後にぐっと言葉を呑むように顔をしかめた。


 言わんとすることは、否応なく理解できた。散々、斎藤自身も言われたことだからだ。


 ――生きて欲しい。生きて欲しかった。


 山南に至っては、恐らくそれは本当に、誰もが思っていたことだ。当人以外の、誰もが。


 それでも山南自身が確固たる意志で己の身の振りを決めたことを、斎藤は知っている。斎藤個人の想いを述べるなら、実に見事なものだったとも思う。今となっては、切腹そのものを羨む想いこそ強く抱かなかったにせよ……叶うなら己も最期は()くありたい、と尊敬を抱くほどには、山南の最期は見事だったのだ。


「……参りましょう、愁介殿。あまり遅くなっても困りますし、あなたのそのお気持ちは、沖田さんと分け合ってください」


 唇を噛む愁介に、斎藤は抑揚なく告げて促した。


 言葉尻だけを取れば突き放したような物言いだったかもしれない。が、斎藤も斎藤なりに沖田のことが気になっていることは伝わったようで、改めて斎藤を見返した愁介は、ほんのわずかにまなじりを下げていた。


 ◆◇◆


 そのまま一旦わざと別れ、斎藤と愁介は人目を避けながら凝華洞を後にした。途中で偶然鉢合わせしたかのように、祇園感神院(八坂神社)の境内で再び合流し、そこからは共に新選組の屯所へ向かう。


 道中、意識してか無意識にか、斎藤も愁介も山南の話題には触れなかった。とは言え、他の話題で談笑するような空気でもやはりなく、自然と口数は減ってしまう。


 街中の雪もすっかり溶けて、しかしまだまだ空気は冷たく、風が吹く度に肌が粟立つ。かじかみそうになる指先を握って、開いて、片手の中で擦り合わせる。そんな合間に、天気の話とか、気候の話とか。ほとんど意味などない雑談だけをいくつか交わした。


「……総司、体調崩してない?」


 ふと、壬生村に入ったあたりで、愁介が声の調子を抑えて問うた。


 隣を見ると、愁介は伏し目がちに足元を見やりながら、ほう、とかすかに白く色づく息を吐き出す。


「何か……本当は、今オレが行ったところでって、思いもするんだけど。でも斎藤が言ってくれたように、分け合う……ほどはさすがに無理でも、寄り添うくらいはできるのかなって」

「そうしてください。どうやら今回のことに限っては、沖田さんも近藤局長や土方さんの元へは行きづらいように見えます」

「……そっか」


 さらにその顔が深く伏せられたので、相槌を打った愁介の表情は、斎藤には伺い知れない。それでも凝華洞でただ唇を噛んでいた時より声音は落ち着いて聞こえ、斎藤は少しばかり安堵した。


 ところが、である。


 そんなふうに、凝華洞を出た頃よりわずかに肩の力を抜いて屯所にたどり着いたところで、にわかに屋敷の奥から酷く落ち着きのないざわめきが聞こえてきた。

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