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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章五話 哀泣の声 * 元治二年 二月
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後始末

 山南の葬儀を終えた翌日。斎藤は密やかに凝華洞の容保(かたもり)の元へ赴き、事の次第の報告と、会津を巻き込んでしまったことへの謝罪に頭を下げた。


「結果として殿を煩わせてしまいましたこと、まことに申し訳の次第もございません」

「いいや……そなたが気に病むことはない。こちらこそ、間に合わずすまなかった」


 実質、何の非もないというのに、容保こそ気に病んだように悔しげに顔をしかめている。室内に漂う甘やかな香の匂いに、わずかな苦みが混じっているように感じるのは、容保の服用している薬だろうか。顔色も絶好調とは見えず、変わらず安定しない体調の中で色々と気を揉ませてしまったことは、間違いないようだった。


 やはり会津を巻き込んでしまったのは失策だったと思う反面、斎藤がどうしようが土方が動いていたなら、結果は同じとなっていた。だからこそ、深く申し訳なさを感じると共に、己の主がこの容保で本当に良かったとも思ってしまうのは――……甘え、だろうか。


「しばらくは新選組も落ち着かぬことと思うが……時勢は絶えず動き続けている。酷なこともあろうが、引き続き頼みにしている」


 容保の苦悶の言葉に、しかし斎藤はそれこそ当然と背筋を伸ばし、深く頷いた。


「もちろんにございます。山南がいなくなったことで、逆にしばらくは隊の空気は引き締まるものと存じます。以前からのご報告の通り、新選組の屯所の移転も来月と決まり、近日、朝廷へ移転の口上書が差し上げられることになると存じます」

「確かに、しばらくは忙しくしているほうが逆に落ち着く、ということもあるか」

「仰せの通りでございます。それと……こちらはまだ未確定となりますが、来月の下旬辺り、土方が伊東を伴い、隊士募集のため江戸に下る可能性が高くございます。確定となれば、私もそれに随行する形となりますこと、つい今朝方、土方より通達を受けました」


 これが実行されれば、尚のこと新選組は何かと慌ただしく過ごすこととなるため、山南の一件に関することで尾を引いている場合ではなくなってくる。当然、それらを加味した上での近藤、土方の采配であろうことは、明らかだった。


 ――山南の想いを、意図を、正しく汲み上げられることを願ってのことか。あるいは、そうせざるを得ないだけかのか。細かな機微は、斎藤には計り知れないけれど。


「そうか……そなたも江戸へ下るか」

「確定となれば、しばらくはご報告も滞ってしまいますが、長くあちらに滞在する予定はございません。それこそ新選組の戦力増強が最たる目的でございますから、長く強を空けるわけにも参りませんし、その辺りは土方も承知のことかと」


 付け加えると、容保は安堵か憂慮か、どちらともつかない溜息を小さくこぼした。


「……どちらにせよ、事が決まり次第、またご報告に上がります」


 斎藤が窺いつつ言えば、容保はふと口元をほころばせて小さく頷いた。


「承知した。斎藤、ご苦労であった」


 労いの言葉に一礼し、斎藤はいつもの通り「それでは、御前を失礼致します」と部屋から下がろうとした。


 ところがその直前で「斎藤」とわずかに迷うような声音で呼び止められる。


「はい」


 上げかけた腰を下ろし、再び上座の容保へ視線を返す。


 容保はわずかに視線を泳がせた後、「勝手なことを申すが」と前置きをして言った。


「葬儀に参列はさせたと言えど、今の落ち着かぬ新選組の元へ、半端に会津の者を関わらせるのも如何とは思うのだが……そなたの帰還に、愁介を伴ってやってはもらえないか」


 思わぬ申し出に、斎藤はつい片眉を軽く上げてしまう。


 が、それを知ってか知らずか、容保は斎藤から視線を外したまま「どうにも忍びなくてな」と嘆息交じりに言う。


「愁介自身は行かぬほうが良いと判断したようで、大人しくしているのだが……山南の介錯を務めたという沖田の様子が、気になっているようだ。葬儀に参列した者の報告でも、特に沖田の鬼気迫るような様子は少々気にかかったということであったし……」

「それは」


 謝罪すべきか、あるいは顔に出しすぎてしまった沖田を叱責すべきか。沖田という組の中核を担う幹部の憔悴ぶりを、周囲に隠しきれなかったこちらにも非はあるのだが――山南の切腹の場にいたがゆえに、斎藤は思わず言葉を詰まらせてしまった。


 ただ、だからこそ容保も、迷いながらも腹を据えた様子で、告げた。


「邪魔になるようであれば、追い返して構わぬ。が、わずかでも役に立てられるようなら……連れていってやって欲しい。身内の勝手な我儘ではあるが、あの様子では愁介まで参ってしまいそうで気がかりだ」


 容保にそう言われては、どの道、斎藤に断るという選択肢は取り得なかった。


 それに確かに、斎藤では沖田の気を紛らわせるには力不足であることも明らかであったので――


「承知、しました」


 これ幸い、とも言えるのやもしれなかった。

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