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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章四話 太陽の別れ * 元治二年 二月
159/203

承知のこと

 土方からの呼び出し。その意味を察して、斎藤は永倉、原田と視線を交わした。


「……すぐに行きます」

「よろしくお願いします」


 山崎は軽く頭を下げてすぐに去って行ったが、斎藤はわずかに眉根を寄せて唇を引き結んだ。


「……会津本陣には、やっぱり俺が行くよ」


 一瞬の迷いも丸ごと引き受けるように、改めて永倉がぽつりと言う。


「左之、このことを山南さんにこっそり伝えてきてくれ。あくまで、こっそり、静かにな」

「おう」


 原田は深くうなずくと、すぐさま踵を返して大股に謹慎部屋へ向かって行く。


「斎藤。今は時がないから、いいよね」

「……やむを得ないと、思います」

「お前は優しいね」


 そんな言葉に眉間のしわを深くすれば、永倉はふは、と軽く笑って破顔した。


「まあ、それこそ建白書の一件のこともあって俺の顔も向こうには覚えられてるだろうし、お前を見習ってまずはお殿様じゃなく松平に繋ぎつけられるよう話してみるよ。たぶん、結果としてはそのほうが早いだろうしね」

「……あくまで密やかに動いてください。今は本当に、永倉さんの『覚悟』は、逆にあってはならないものですから、ご自身の価値をご自覚なさってください」


 念押しをすると、永倉は「お前もね」とあごを上げる。


 斎藤がひとつ目を瞬かせると、「ほんと、わかってない」と口元を歪めて苦笑を返される。


「まあ、今はいいや。じゃ、俺も行くから。また後で」

「お気をつけて」


 永倉はうなずく代わりに目を伏せて、玄関へ向けて小走りに駆けて行った。


 ひとつ息を吐き、斎藤も改めて副長室へ向かおうと顔を離れに向けたところで、


「……我儘、ですよねぇ」


 すとん、と傍らの障子が静かに開く。


 振り返ると、いつの間に起きていたのか、そしていつから聞いていたのか、そこには眠っていたはずの沖田が立っていた。


「……沖田さん、聞いてたのか」

「会津は優しいですから、きっと、許可してくださるんじゃないですかね。山南さんなら額もありますし、剣の腕だって立ちますし」


 沖田は質問には答えず、視線を足元に伏せたまま、ふふ、と力なく笑った。


「……でも、間に合わないでしょうね。今からでは」


 腹の底に溜まるようなひと言に、斎藤は沖田に向けていた視線を再び副長室へ戻す。


「……だろうな」


 今、斎藤が呼ばれたことの意味。それを斎藤はもちろん、沖田も、そしてきっと永倉も、わかった上で何もかも動いている。


 また、深く息を吐く。


 そんな斎藤に、沖田はまたぽつりと言葉をこぼした。


「でも、何だか少し、嬉しかったです」

「……何が」

「斎藤さんが、思っていた以上に人情家だったこと、って言えばいいですかね」


 沖田は口元に笑みを浮かべ、わずかな上目で斎藤を見上げた。


 その視線を視界の端で受け流して、代わりに今度は斎藤が目を伏せる。


「……俺も知らなかったよ」


 呟き返して、その先の会話を断ち切るように足を踏み出す。


 斎藤は真っすぐ、遅くもなければ速くもない歩みで、静かに副長室へ向かった。

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