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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章四話 太陽の別れ * 元治二年 二月
157/203

縋る想い

 永倉の声だ。


 その密やかな声の主にすぐ思い当たり、斎藤は静かに立ち上がって障子を少しばかり開けた。


「沖田さんは眠ってますよ」


 部屋の前に並んで立っていた永倉と原田にそう告げると、二人は斎藤越しに軽く背伸びするように中を覗き込む。


「ああ、そうか……」

「まあ、仕方ないよね」


 二人が神妙に呟いたのを見て、斎藤も部屋の外へ身を出し、後ろ手に障子を閉めた。


「それで、どうかしたのですか」


 訊きながらも、斎藤は半ばわかっていて目を伏せた。沖田から、二人が先ほど山南の謹慎している部屋へ向かっていたことは聞いたのだ。どうも何も、話題はそれ以外にないだろうが――……なんて、考えていると。


「率直に言うけど、山南さんを逃がしたい」


 永倉の取り繕いもしないひと言に、斎藤は唇を真一文字に引き結んだ。


 静かに息を吐き、改めて目の前の二人を見返せば、背丈のある原田と、小柄な永倉、上下からじっと焼けるような視線が投げかけられる。


 斎藤は再び息を吐くと、ゆっくり口を開いた。


「……でも、山南さん本人がそれを望まないのではないですか」


 沖田の憔悴ぶりと、帰還時の山南の様子。そこから思い至る考えを返せば、永倉がぐっと言葉を詰まらせた。


「それは……」

「ンな事言ってもよ! 理屈じゃねえんだよ、わかるだろ!?」


 原田が、感情一辺倒に斎藤へ掴みかからんばかりの勢いで答える。


「……近藤さんや土方さんのところにも、多くの隊士らが助命嘆願に行ってる。無茶なこと言ってるかもしれないけど、無意味なことだとも思わないんだよ」


 声高になった原田をたしなめるようにその横腹を叩き、永倉も改めてぽつぽつとそんなことを言った。


「でも、無茶なこと言ってる自覚もやっぱりあるから……何かいい手はないかなって、お前らに相談がしたかった」


 熱のこもった目を差し向けられ、斎藤はわずかに眉根を寄せて視線を流した。


 ――山南をどう扱うべきか。恐らく、斎藤は己の立場を鑑みれば、今回のことにはできるだけ口出しをしないほうがいい……のだと思う。そも、出せる立場ではないのだ。


 もちろん今後の新選組を思えば、山南にはいてもらったほうが良い……のだと思う。近藤と土方の頼みにできる相手で、頭の切れる人材は、それこそ足りないことはあっても切り捨てられる存在ではない。


 が、山南の脱走早朝に永倉が言った通り、ここで山南を見逃しては、他の隊士に示しがつかなくなる。身内にばかり甘いのだと周囲に判断されれば、これまで断罪された同志らのこともあわせて、近藤や土方という隊の中核への求心力は地に落ちる。そうなれば、山南を生かしたところで新選組は統率力が失われ、立ち行かなくなり、会津にとってもただの『荷物』となり果ててしまう。


 斎藤には選べない。沖田や藤堂のことを考えたって、永倉や原田の想いを汲もうとしたって――……どうしたって、選べる立場にないのだ。それに、斎藤は山南とはさほど交流があったわけでもないし、むしろ試衛館組の中では、どちらかと言えば距離のあるほうだと断じても差し支えない程度の仲だった。そんな斎藤が今さら、こうなったからと言って、やはり何を口出しできるのか。


 ……ああ。それでもこんな時、己の立場に愁介が立っていれば、何が何でも山南を救おうとするのだろうな。


 ふとそんな思考が湧いて薄い苦笑が浮かんだ時、ふと、頭の隅をひとつの思考がかすめた。


「……斎藤?」


 ほんのわずか表情を動かしただけの斎藤に、しかし永倉はいつものように目聡く気付いて身を乗り出してくる。


「お前、今、何考えた?」

「ああ……、……いえ、特には」

「嘘だ。言って」


 永倉はぐっと、斎藤の着物の胸元を握り込んでさらに一歩踏み出した。


「お願い、言って」

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