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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章四話 太陽の別れ * 元治二年 二月
153/203

取り留めのない独白

 完全に日が昇ってから、屯所内は次第に騒然とし始めた。山南が予定と異なり部屋にいないことに気づいた監察方が、屯所内を捜し回り、その後に土方の元へ駆けて行った、というのが原因だ。その辺りまで気が回らなかった試衛館組の落ち度ではあるが、結果として、それが元で平隊士達にも山南が脱走したのではないか、という話が広がってしまった。


 斎藤は夜勤明けの状況でも寝るに眠れなくなり、縁側から雪の溶けきってしまった庭を見るでもなく眺めた。明け方に降っていた雪はあれから程なくして止み、新たに積もるまでもなく冷えた空気だけを残していった。


 片膝を立て、そこに腕とあごを乗せ、山南は今頃どの辺りで馬を走らせているのだろうと考える。が、もしかしたら、馬に乗ってすらおらず、歩いているのかもしれないともふと思えた。根拠はないが、何となく……山南は帰ってくるような気がしているのだ。その先に何が待ち受けているかを理解した上で、帰ってくるのではないか。そう思えてならないのだ。


 ――……ここに藤堂がいれば、どういう行動を起こしていただろうか。


 取り留めなく、ふとまた思考が流れる。今頃まだ当然の如く何も知らず、こちらへ戻って山南と再会するのを楽しみに江戸で働いている藤堂が、もしもこの場にいたら。


 考えても詮無い。どうしようもない。いないのだから。今から江戸に早馬をやったところで何ひとつとして間に合わないのだから。


 それでも。


 藤堂は本当に山南を慕っているし、山南も心から藤堂を可愛がっている。それは斎藤だけでなく、周り全てが感じていることだ。


 藤堂がいたなら、沖田に山南を追わせただろうか。一人で皆に刃向かい、追うなら自分を倒してから行け、なんて言い出しそうだととすら思った。


 斎藤から見て、己や沖田と同い年である藤堂は、しかしある意味で最も『歳相応』な青年だと感じられる相手だ。今年で二十二となり、互いにもう充分な大人であることに変わりはないのだが、それでも、やはり二十二なのだ、と思うこともある。


 斎藤自身は、これからはまともに生きるのだ、と誓いこそしたものの――やはり自分の立場やこれまでの生い立ち上、変にあらゆる物事を達観してしまう部分がある。あるいは、達観しようとしてしまう節がある。そういう意味で、若者らしさなど持ち合わせていない自覚がある。


 沖田もそうだ。幼い頃から大人ばかりの環境に放り込まれたという経緯があるからか、変に八方美人で世渡りが上手い。その上、今は肺を患って良くも悪くも『死』を常に見据える位置に立ったことで、以前は感じられた(いとけな)さのようなものが薄れた気がする。


 しかし二十二と言えば本来、藤堂がそうであるように、まだ時には他人に寄りかかって甘えたいと、まだそう思っても仕方のない歳だと思うのだ。だから、そうして歳相応であれる藤堂は、近藤はもちろん、永倉や原田など年上連中から可愛がられるし、斎藤にとって……ともすれば沖田にとっても、眩しく思える相手となる。真似のできない、かつての斎藤が苦手に思っていたような、時に忌避すら感じるほどの眩しさだ。


 しかし今、そんな彼の拠り所である山南が、隊を去ろうとしている。


 それにより、新選組はもちろんのことながら――斎藤は、藤堂がどう変わってしまうかがどうにも気がかりだった。ある意味で、斎藤個人としては山南よりも、むしろ藤堂のことが気になって仕方がない。


 ――愁介の正体を知る前、そもそもの意識の転換のきっかけが、藤堂の直接的な言葉だったからだろうか。こちらは大した感情も持たないと……今思えば薄情極まる言葉を吐いた己に対し、それでも「お前が死んだら泣く」と好意を見せ、気にかけ、寄り添おうとしてくれたからか。


 何にせよ、今の斎藤にとって、藤堂はかつての『苦手な相手』ではない。できることなら――……。


 そこまで考えた折、ふと人の気配を感じて斎藤は横手に顔を振り向けた。


「……愁介殿」


 呼ぶというより、確かめるように名を呟く。


 それほどに、足元に伏せられたままこちらへ向かってくる愁介の表情が重々しく見えた。恐らく、山南のことを聞いたのだろう。

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