不理解と共有
ぽつんと呟き返された沖田の言葉に、斎藤は静かにひとつ瞬いてゆるく首を傾けた。
「わからない、とは?」
「だって、今って、別にもう主従でも何でもないわけなんですから、普通に好いてるんじゃないんですか? 本当にすごく大切に想っていた相手が生きてたわけですし、そうなんじゃないのかなあって思ってたんですけど」
「ない」
あけすけな問いかけに、斎藤は眉根を寄せてすぐさま切り返した。
そもそも沖田が知らないだけで実質、主従関係は変わらないし、それこそ葛を――愁介を、そのような対象に考えたことはなかった。
が、沖田は「ええ、本当ですか?」とあからさまに疑わしげに目を細める。
「沖田さん……下衆な勘繰りはやめてくれ」
「別に下衆とかじゃなくて、何て言ったらいいのかなあ。おかしくないことだと思うんですけどね。むしろそれを『下衆な考えだから駄目だ』ってご自身に言い聞かせる時点で、そういう意識が奥底にある証拠じゃないかなって思うんですけど」
まだ疑わしげに、しかし淡々と、まるでいつもの世間話と変わらないようなあっけらかんとした声音で首をかしげ返される。
斎藤は思わず閉口した。
答えられずにいると、沖田はからかうでも詰めるでもなく「違います?」とぼんぼり髪を揺らす。
斎藤はわずかに目を伏せて、湯呑に残っていた茶をゆっくりと喉に通した。
「仮に……俺の中にそういう余地があったとしても、考えたくはない」
「そっちのほうが、やっぱり私にはわからないんですよね、本当に。どうしてです?」
「あんたのことを俺が理解できないのと同じように、俺のことをあんたが理解する必要はあるのか?」
正面から視線を返し、抑揚なく答えると、沖田は「ざっくり度合いが増しちゃいましたね」と諦めたように息を吐いた。
「すみません。もしかして私、余計なこと言いましたか?」
「余計というか……誰かにわかって欲しいとは思っていないだけだ」
突き放すような物言いになったが、沖田は特段気を悪くしたふうもなく「そうですか」と小さくあごを引いた。疑問は抱えたままのようだが、自身のことも「理解されなくてもいい」と言っていたからこそ、必要以上に踏み込まれるのを厭う感覚だけは共有できたのだと思う。
「あ、でもこの際ですから、これだけ訊いてみたかったんですけど」
「……何だ」
「斎藤さんと一度お別れした後、愁介さんのお相手が土方さんだったことについては、どう思います?」
それまでの落ち着いた様子から打って変わり、沖田は困ったような顔をしてぐいと身を乗り出した。
「実は私としては、『どうしてまたよりによって』って思っちゃったんですけど……さすがにご本人には言えなくて!」
斎藤がとっさに答えあぐねている間にも、沖田は頭を抱えるように額を押さえて、呻くように口早に言った。
「いえ、当たり前ですけど悪い人じゃないのは知ってますよ。私だってあの人のこと好きなんですからね。でも、ほら、斎藤さんもご存知でしょう。あの人、ほんっとに女癖だけはだらしなかったんですよ。今もあんまり変わらないんですよ。本当にどうしてよりにもよってって思いません??」
斎藤は、恐らく今年一番と言って良いほど表情筋を動かして苦々しく顔を歪めた。
口を開いては閉じて、と言葉を探していると、それだけで諸々が伝わったように沖田が「やっぱり、そうですよねえ」と嘆息交じりに肩を落とす。
「まあ、愁介さんに『今も夫婦になりたいんですか』って前に訊いたら、『そういうんじゃないかな』っておっしゃってたので、それもそれで何とも筆舌に尽くしがたいんですけど……」
「……そうなのか」
つい、ふ、と肩の力が抜ける。
と、目聡く気付いた沖田が、何かを口の中で転がすように口をすぼめて、「……ほらあ。やっぱり、わからないなあ」と小さく呟いた。
独り言のようだったので、斎藤は聞き拾ったそれに気付かぬふりをして、店の者に勘定を頼んだ。