意識の在り方
「もうっ、永倉さんって意地が悪いです! 私がああいう話を振られるのが苦手だってご存知のくせに!」
勢いで入った蕎麦屋の鴨南蛮を、やはり勢いよく完食しきった後、沖田がわっと溜め込んだままだった感情を発露させるように呻いた。
斎藤が己の前にある蕎麦を引き続きすすりながら視線を上げると、それが物言いたげに見えたのか「何ですか」とふてくされた半眼を返される。
「いや……真相がどうあれ、あんたのあの反応は図星と言ってるように見えて、悪手だったんじゃないか」
蕎麦を咀嚼した後に言って、残っていたひと口分を最後にもうひとすすりする。と、それがすべて口の中に入った直後で沖田が改めて苦みを交えたような声でぼそっと呟いた。
「……心外です」
「悪いが、俺の頭には愁介殿の顔が浮かんだ」
普段あれだけ距離を近くして接している姿を見れば、斎藤がそう感じたのも仕方がないはずだ。
と、思ったのだが、意外にも沖田は永倉相手の時とは違い、慌てもごまかしも取り繕いもしなかった。ただ、渋い物を口に放り込まれたような顔で天井を仰ぎ、それからすぐに首を捻るようにして頭を下げ、「うぅん……?」と声を揺らした。
「……違うのか?」
「いえ、その……以前、悋気(嫉妬)に駆られるというとんでもなく見苦しい様を、斎藤さんには晒してしまっていますので、そう思われても仕方ないかもっていうのは、今ちょっと反省しているところなんですけど」
昨年、河上彦斎を取り逃がしてしまった折のことだろう。確かにそれもある、と斎藤がゆるくあごを引いて茶をすすれば、沖田はばつ悪そうに肩を落として、指先で知るの残った蕎麦椀のふちをつついた。
「あの時にも言いましたけど、私、愁介さんのことはあくまで『対等な人』として見てるんですよね。すごく大切な人だと思っていますけど、恋とか愛とか添い遂げたいとか、そういう認識ではないと言いますか……」
「なら、永倉さんに言われた時だって、あそこまで慌てる必要もなかっただろうに」
「それは、ですから、ああいった俗な話が苦手なんですってば。ああいうことを言われてしまうと、自分も男なんだなって思っちゃうと言いますか」
「……男だろう」
何を言っているんだ、とさすがに顔をしかめれば、沖田は「伝わらないかなあ」と困ったように眉尻を下げて、捻っていた首をさらに大きく傾けた。
「私は正直、男とか女とかどうでもいいんですよ。私が私で、愁介さんが愁介さんならそれでいいんですよ。ただ、自分が男だって思っちゃうと、色々意識する点が変わっちゃう気がするんですよね」
わかりますか、と改めて問われたが、さすがに今度は斎藤のほうが眉根を寄せて首を捻り返すしかできなかった。
「悪いが、わからん」
「相変わらずざっくり言うなあ……いえ、いいんですけどね」
沖田は拗ねたように唇を軽く尖らせて、小さな溜息を吐いた。
それが妙にこちらが悪いことをしたような心地にさせて、何とも落ち着かない思いを抱かせる。
「いや、別に……違うなら違うで、それは構わないんだが」
「私は、斎藤さんのほうがわからないですけどね」