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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章二話 雪空の意 * 元治二年 二月
144/203

喧嘩腰の問答

 愁介が室内に入ったのを見届けて、斎藤と沖田は部屋の前の縁側に腰かけつつ中の様子を窺うことにした。愁介の入室後、挨拶の言葉が聞こえてくるが、土方がそれに返答する声は聞こえてこない。


 しばらくの沈黙の後、「……人の挨拶を完全に無視するのはどうかと思う……」という呆れた愁介の声がかすかに届く。それを聞き拾った沖田が斎藤の隣でやれやれと深い溜息を吐いた。


「もお~……頑固なんだからなあ」


 こちらの声が中に響かないよう、沖田はささめくように言って項垂れる。


 そうしている内に、愁介も埒が明かないと踏んだのか、「……総司から、山南さんと土方さんが喧嘩したから助けてくれって言われたんだけど」と正面から切り込んだ。


 途端、それまで黙していた土方から間髪容れず「手前(てめ)ぇにゃ関係ねぇ」というつっけんどんな声が返される。


 が、その頭ごなしの返答に押しやられる相手ではないからこそ、沖田も、そして斎藤も愁介に土方との会話を頼んだわけで。


「いや、そう思うんなら、その『関係ねぇ奴』に総司っていうそっちの身内中の身内がわざわざオレなんかに相談せざるを得ないような(こじ)らせ方するの、やめてくんない?」


 あまりに切れ味の鋭い返しに、神妙な顔で室内を窺っていた沖田が、「んぐっふ」と笑いを堪えるように慌てて顔を伏せていた。


「どうあがいたって自業自得じゃん。細かい話なんか何も聞いてないけど、どうせ土方さんがそうやって山南さんに対してまで頭ごなしにボカスカ理不尽言ったんじゃないの?」

「なん――っ」

「違うって言うなら、どう違うのか、総司はもちろん、山南さんにもちゃんと理解してもらえるように説明して納得してもらいなよ。そしたらオレだって口出しなんかしないよ」


 矢継ぎ早に愁介が言った直後、ドン、と畳に拳を殴りつけたような重い音が響いた。


 さすがに反射で腰を上げかけたが、


「物に当たらない!」


 次いで愁介の一括が大きく聞こえたもので、障子に伸ばしかけた手をぴたりと止めた。


 似たような格好になっていた沖田と改めて視線を交わし合う。


「うっせぇんだよ、何もわかっちゃいねぇくせに、知った風な口ききやがって!」


 土方が、先ほど以上に声を荒らげている。が、逆に沖田はそれに目を瞬かせ、ふ、と瞳を和らげると改めてその場に腰を下ろした。


「何もわかってないから口に出してんの。オレがわかってなくても、わかってる人間が心配してるから口に出してんの!」

「訳わかんねえこと言ってんじゃねぇ!」

「訳わかんないのは、そっちがわかろうとしてないからでしょ!」

「殴られてぇか!」

「殴りたければどうぞ! その前にオレが土方さん殴り飛ばすけどね!」


 次第に愁介まで声が高くなっていくが、何とも、良くも悪くも『いつも通り』のやり取りになってきているように思えて、斎藤も再び腰を下ろす。


 と、沖田も隣でくすくす小さく笑い出す。先刻まで土方の纏っていた鬱屈した空気が、障子越しにさえ薄まってきているのがわかるからだろう。


「ああ、でも殴る前にちょっと聞いときたいんだけど! 土方さんさぁ!」

「あァ!?」

「……山南さんのこと、嫌いなの?」


 不意の切実な問いに、しん、と空気が凪いだ。

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