表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章二話 雪空の意 * 元治二年 二月
142/203

懐事情

「おーい、二人とも。何でそんな辛気くさい顔してんの?」


 不意に、沖田の背後からひょこっと人影が現れた。


 驚いて斎藤が目を瞬かせたと同時に、沖田も後ろを振り返って「あ」と短い声を上げる。


「愁介さん」

「毎度お邪魔してまーす」


 愁介はひらひらと手を振りながら沖田の隣に並ぶと、改めて沖田と斎藤の顔をまじまじと見て小首をかしげた。


「いや、真面目にほんと妙に沈んでない……? さっき永倉さんと原田さんとすれ違ってさ、総司はこっちだって教えてもらったんだけど……その時、お二人も微妙な顔してた気がするんだけど……」


 指先をあちらこちらと動かしながら言って、愁介は口元をへの字に曲げた。


「何かあった? って、オレが訊いてもいいやつ?」


 気遣わしげな問いに、斎藤と沖田は顔を見合わせた。


 ――確かにこれは、組の内情の話、ではあるのだが。


「……会津様にもその内伝わる、という意味では、愁介さんも無関係の話とは言えないかもしれませんね」


 沖田の言葉に、斎藤もそうだなと小さくあごを引いた。


 何しろ、新選組の屯所の移転が話の大元にあるのだ。方針が固まって日程も出てくるようになれば、話は自然と会津にも上がる。どの道、ある程度の流れが読めたなら、斎藤自身また先んじて会津本陣へ赴いて報告を上げる必要のある案件にも違いない。


「え……ど、どういう類の話?」


 あまりにもこちらが神妙な面持ちでいたせいか、愁介がおっかなびっくりの様子で小さく首をすくめながら問うてきた。


 沖田はそれに苦笑いを返し、「いえ、会津様にとって不利益な話とかではないと思うんですけど」と前置きして、事のあらましを静かに答えた。


「――……と、まあ、そういうことでして」


 沖田が先ほどの会議室でのやり取りを伝え終えると、愁介は合点がいったように来た道を振り返って「ああ……」と小さな相槌を打った。その視線の先は、永倉達が消えた方角――山南の部屋のほうを向いている。


 恐らくだが、先月共に目撃してしまった山南の()のことを思い出しているのだろう。


「……ちなみに、現状未確定のお話ですから、容保(かたもり)侯や他の方には、まだ伝えないでいただけると助かります」


 暗に自分が報告を上げるからという意を込めて斎藤が言葉を足すと、愁介は心得たようにあごを引いて再びこちらを振り返った。


「なるほどね……それは、まあ……沈むね。総司もつらい立場だね」


 場を重くしないためか、愁介は眉尻を下げながらも沖田に微笑を返した。が、それから視線を上げて話を咀嚼するようにもごもごと口を動かしたかと思えば、今度その唇から零れ落ちたのは重い溜息だった。


「ううん……どうしたもんかなぁ。確かに会津の立場として、無関係だから好きにして、とは言い難い話ではあるよね。新選組が大きくなってることは、会津としてはありがたい話なんだけど、ただ、屯所……新しい屯所かぁ……」


 本当に、今回の件は単純な話ではなかなかに済まない。


 土方と山南の間を取り持つという意味であれば、西本願寺のほど近くに屯所を新しく建てでもすれば、という折衷案もあるには、ある。しかし、そうするには単純に金子が足りない。大所帯だからこそ敷地も建物もそれなりの大きさが求められるし、そう易々と手に入る規模のものではない。


 そういう意味では、土方の打ち上げた『西本願寺への移転』は、実に理にかなってはいるのだ。敵方へのけん制をおこないながら、西本願寺という、元から非常に広々とした境内を有する寺に大所帯を移す。足りぬ部屋をいくつか加えるくらいなら新選組の財政でもどうにかなるだろうし、それまでしばらく寺のお堂を使えるならば大きな問題はない。


 が、これはやはり、あくまで『新選組の道理と都合』であって、それ以外のあちらこちらから生じる物事に対してはあまりに身勝手とも言える。それこそ、以前の沖田の言葉を借りて言うならば『損得を重視する商人の考え方』であって、武士としての義を通した話かと言えば、まったくそのようなことはない。山南は、そこを指摘しているわけだ。


 かと言って、今の状況で会津が口を挟めば、どうなるか。


 当然、新選組を抱える大元として、「ならば会津が金子を都合しろ」という話になってしまう。が、会津とて遠く離れた東北の地から京まで出てきている関係上、財政はいつも火の車だ。それでも身を切って守護職を引き受けているのは、ひとえに会津の徳川への忠心ゆえでしかない。むしろ、だからこそ、外部に新選組などという荒くれ者を抱えているという側面もある。内内で人手をかき集め給金を出すよりも、外部に新選組を抱えているほうがまだマシ、というわけだ。


「……どの道、今の段階で父上にこの話は上げられないよ。頭抱えるしかなくなるし、それが結果として、望む望まないに関わらず土方さんの背を押す格好になるだろうしなぁ」


 愁介は、やはりすべてを心得た様子で額を押さえた。


「……ねえ、愁介さん。ちょっと土方さんと話してみてくれません?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ