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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◇ 二章二話 雪空の意 * 元治二年 二月
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ほころび

「ふざけないでくれ! 理不尽にも程がある!!」


 大して浮かれることもできなかった正月が終わり、月が変わった二月頭のこと。腹の底に響くような怒声が、幹部会議の行なわれている新選組屯所の奥部屋に轟いた。


 畳や襖すら揺れたような錯覚を起こし、斎藤を含め、室内にいた者は総じて驚きに口を閉ざす。何しろ怒号を上げたのが、普段は落ち着いて、穏やかに、むしろ怒りをあらわにする者がいればそれをいさめる側にい続けていた――……山南、だったからだ。


 本日の議題は、新選組の屯所の移転について、だった。山南は先月と変わらず、幹部の中に名を戻したわけではないが、山南にも承知しておいて欲しいからと乞われ列席したという。


 そこで伝えられたのは、壬生の郷士達の屋敷をそれぞれ間借りしていた屯所をひとつにまとめ、かつ、尊攘派へのけん制も兼ねての移転であること。そしてその移転先が、浄土真宗本願寺派の本山でもある、下京堀川の西本願寺であることの二点だった。


 これが、山南の逆鱗に触れた。


 土方いわく、西本願寺は尊攘派との繋がりが強く、裏で尊攘派の動きを支援し、都の安寧を脅かしている可能性が強い。これをけん制するためにも、新選組が寺に入ることは理にかなっている。また、西本願寺であれば敷地も広く、二百という数にまで膨れ上がった隊士全員をまとめて収容することも可能だろう――ということであった。


 が、西本願寺は、人々から「お西さん」と慕われ、古くは戦国の世から都に根付いた由緒正しき寺である。本願寺の成り立ちそのもので言うなら、歴史は鎌倉時代にまで遡るというのだから、立派も立派。しかし新選組はその職務上、武術の稽古や大砲、銃の稽古、果ては切腹斬首まで――血生臭いできごとが茶飯事である。それを、人々の心の支えでもある寺院に持ち込むなどもっての外、というのが山南の意見だった。


 どちらも理解のできる意見だった。何なら、これも結局は、いつもの『道理』と『正論』だ。


 しかし今回は、その『道理』と『正論』が噛み合っていないことが問題だった。


 室内はしんとしたまま、ただでさえ冷えた冬の空気が、一層凍えているかのように固まっている。


 斎藤は、無意識に浅くなっていた呼吸を整え、一度静かに大きく息を吸い込んだ。肺腑がヒリヒリと痛んだ気がしたが、それを吐き出して上座に目を向けた。


 近藤は瞬きも忘れ、その目をこぼれんばかりに見開いて呆気に取られた様子だった。


 そんな近藤の隣にいた土方はと言えば、やはり近藤同様、驚きを禁じ得ない様子で山南を見ていた。ただ、近藤とは異なり、その驚きを表面に出すのは、わずかに口を開閉させただけに留め、すぐさまその薄い唇を引き結び、押し込めた。


「……ふざけてるたぁ、聞き捨てならねえな」土方は低く声を絞り出し、山南を睨み返す。「言っただろうがよ、山南さん。これは必要なことだ」

「いいや。いいや、土方くん。必要な理不尽など、あってはならない。理の通らない話を押し通せば、必ずそこからほころびが出る! 考え直すべきだ!」


 他の者であれば震え上がるような土方の睨みにも、山南は一切臆することなく正面から切り返した。真っ直ぐな目で、誰が聞いても真摯な言葉で、訴えかけた。


 しかし、土方はぐぐ……と眉間のしわを深くしたかと思えば、そんな山南の訴えに、酷く面倒そうなため息を返す。


「ほころびなんざ、出るわけがねぇよ。出させねぇからな」

「土方くん……!」

「もう決まったことだ。何なら全員に訊いてみようか。おい、山南さんのように反対する者はいるか?」


 土方が唐突に黙していた幹部陣に決を採った。


 が、不意を衝かれたこともあり、即座に反応できた者はいなかった。


 もちろん、中には山南の意見に賛同する者もいただろう。斎藤をはじめ、場合によっては永倉などもそうかもしれないが、現状どちらに賛成とも反対とも言えない意見とてあっただろう。


 が、その一瞬、答えが出なかったことで、土方はそれを逆手に取り、結果として山南の意見が浮いてしまう形となった。


「あ――……」


 かろうじて永倉が声とも言えないかすかな吐息を漏らした時には、二人の間に口を挟むには、わずかに間を逃してしまっていた。


「他に反対はねぇようだな。なら、改めてこの話は進めて行く。よろしいな、近藤局長」

「あ……ああ。そうだな……」

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