役割と思惑
◆◇◆
一筆啓上仕候。
この文を出す時はまだ年末だけど、そっちに届く頃には年が明けてるだろうから、諸君、明けましておめでとう。
江戸は京の都に比べて随分とのんびりしてるよ。もちろん、隊士募集に入隊試験、諸々諸々やることはあるから暇じゃない。でも、何ていうか張り合いがなくて、寂しいなあと思うことがよくあるよ。皆と離れてまだ半年も経ってないし、元々江戸住まいだったっていうのに、『帰りたい』って思うんだから不思議なものだよね。
とは言っても、さすがにオレがずっといないままなんて新選組としてもあり得ないだろうから、帰りの目途はちゃんと立ちつつある。恐らくあとひと月かふた月ほどでそっちに戻れるはずだから、皆、勤めを終えたオレを褒め称えて称賛しながら迎えてくれたまえよ。
最後に。山南さんは元気にしてますか。体調はどうですか。ちゃんと飯は食ってますか。
本人にも文は出したけど、たぶんあの人は『大丈夫だよ』と言ってしまうから、オレはどうにも心配です。
もし体調があまり良くないなら、一度、近藤さんと土方さんに頼んで、山南さんも療養がてら江戸に寄こしてもらうのも手じゃないかと思っています。都に比べれば本当に空気がのんびりしてるし、今ならオレもいるし、山南さんも気が休まるんじゃないかな。かしこ。
◆◇◆
「……なるほど」
斎藤は文を読み折ると同時に、小さく納得の声を上げた。先の永倉の「話したいこと」の意味を理解して、顔を上げる。
と、自然と永倉と目が合い、苦笑を寄越された。
斎藤がわずかにあごを引き、隣の沖田と愁介に目を向けると、二人もそこでちょうど文を読み終えた様子で息を吐いていた。
「うーん? 藤堂さんって、局長さん達にも文を寄越したんだよね? 山南さんの件、そっちには書いてないのかな?」
「どうでしょうね。先生宛だと土方さんも読むっていう前提でしょうから、文というよりほとんど業務報告みたいになっていそうですけど」
愁介の疑問に、沖田はぼんぼり髪を揺らして小首をかしげながら答えた。
そこで口をつぐんで待っていた永倉が、苦笑交じりに改めて声を上げる。
「この様子じゃたぶん、山南さん宛の文にも強くは書いてないんじゃないのって思うよ。本人から言い出すより、周りから言ったほうが近藤さんや土方さんも聞いてくれそうだしね」
「ああ、なるほど。そういうことか」
愁介も納得した様子でぽんと手を打つ。
永倉の隣で原田も深くうなずいていた。が、永倉から呆れ半分の視線を投げやられているのを見るに、恐らく原田も最初は意図が掴めておらず、先に永倉から説明を受けた後なのだろう。
「正直さ、俺は山南さんの江戸行き、ありだなぁと思うんだけど」
「俺もそう思うぜ。山南さん、何やかんや最近ずっと顔色悪いし、ちょっと痩せてきちまってるようにも思うんだよな」
永倉の言葉に、原田が強く首肯しながら感情を重ねる。
これには斎藤も同意せざるを得なかった。先に山南と話した時にも思ったことだが、現状の隊内の空気をまとめるためにも、山南の復帰は強く望まれるところだ。が、現状のままではそれがいつ叶うのか先行きが見えないのも、また事実。であるならば、先を見据えてこそ、今は腰を据えて療養に専念するのは、悪手とは思えなかった。
声に出さずともそう考え、軽くあごを引いた斎藤を見て、永倉はどこか安堵したように小さく息を吐いた。
「総司はどう思う?」
次いで、文を手にしたまま皆の話に耳を傾けていた沖田に上目の視線を送る。
「そうですね……正直を言えば、今は藤堂さんがいないからこそ、山南さんにいて欲しいっていう気持ちも、あるにはあるんじゃないかなって思うんですけど……」
近藤や土方の想いを汲んでか、沖田がぽつりぽつりと呟く。
けれどその後、沖田はやわらかく笑んで文をたたみ、穏やかな視線を永倉に返した。
「とは言え、山南さんのことが必要で大事だからこそ、っていうのは、ありますよね」
沖田が答えた瞬間、永倉は改めてほっとしたように指を鳴らした。
「助かった。総司がそう言ってくれるんなら、近藤さんと土方さんを説得できる余地もある気がするんだよね。じゃあ早速、総司は俺と左之と一緒に局長室に行きませんこと?」
「ええ、もちろんです」
「おっし、じゃあ行こうぜ!」
「で、だ!」
いそいそと腰を上げた原田の横で、永倉はそれを遮るように改めて愁介に目を向けた。
「ここで松平、お前にもちょーっと手を貸してもらえるとありがたいんだけど」
「ああ、うん。はい。オレ、本当にこの場に必要だったかなって今思いかけてた!」
「あっはは、ごめんね。松平には、齋藤と一緒に山南さんのとこに行ってもらいたいのさ」
その言葉に、斎藤は勿論、愁介もきょとんと眼を瞬かせた。
「意思確認と、軽い説得にっていう感じなんだけど……山南さん、俺や左之や総司が言っても、たぶん意地張っちゃうと思うのよね。そういう意味じゃ、この中だと斎藤が一番『平助に近い』から、斎藤にお願いしたいなーって思うんだけど……ほら、如何せん、ほら」
曖昧に言葉を濁しながら、永倉は軽く首を上下させながら斎藤に手のひらを向けた。
斎藤がそれに思わず眉をひそめると、しかし愁介はすぐさま心得たような様子でキリッと表情を引き締めて、
「なるほど。オレが一緒に行くことで、くそ真面目に凝り固まりそうな空気をほぐして、愛想を補強して来いってことね!」
「大正解!!」
通じ合った二人が、手のひらを叩き合わせた音が室内にパァンッ! と小気味よく響いた。
斎藤は呆れ切った半眼を二人に向けたが、とは言え、心外だと言うには己に愛想がないことは当然重々自覚があったので、何も言えなかった。
沖田が隣で小さくふき出して笑うのを、せいぜい睨み返すのが関の山だった。