親愛と違和感
驚きを隠しきれず振り返ると、小首をかしげた山南本人がそこに立っていた。
「ああ、すみません……独り言を聞かれるのは気恥ずかしいものですね」
答えつつも、気恥ずかしさらしい表情は取り繕えなかったが、ばつ悪いことに変わりなく、斎藤は薄い苦笑いを浮かべた。
「いえ、単に今、すれ違い様に伊東さんと話しをしたのですが」
「ああ、伊東さん……どうやら、大人気のようだね」
「彼の方とは違って、山南さんは他者に己の考えを説いたり、語らったり……ということは、昔からあまりなさらかったな、と思いまして。もちろん、藤堂さんとそうだったように、まったくないということもなかったようですが、それでも」
斎藤の言葉に、山南はふむと指の節であご元をなぞると、思案げに視線を軽く上げた。
「そうだね、特に意識したことはなかったけれど……押し付けるものではないと思っているから、かな」
ぽつりと、凪いだ声で答える。
「もちろん、伊東さんが皆に押し付けているわけでないことは知っているよ。ただ、物の見方なんて、立ち位置が変わればそれぞれ違って当然のものだと思うからね。知りたいと望む人に説くことはやぶさかでないけれど、無理に説いて揺らぐ程度なら、それは信念とは言えないと感じてしまう……かな」
半ば己自身に落とし込むような静けさで言って、山南はふわりと目元を和ませた。
改めて聞けば、やはり山南も近藤、土方と近しい考え方をしているのだなと感じる。そして、それぞれが別段相手に強要するでもなく共通していることだからこそ、新選組は揺らぐことなく軸を持っていられるのだろう。
……先年の末に行なわれた隊編成において、山南は体調を理由に、幹部から姿を消している。が、変わらず隊士らは臥せりがちな山南を今でも幹部の一人として扱い接しているし、斎藤もその辺りの認識は特に変わりない。
今もしかり、顔色の良い日が多くはないものだから、ゆっくり療養できるならばそれもいいと思っていたが――……。
「山南さんのおっしゃる『それ』が、本来の新選組の性質なのだと感じます。今日もあまりお顔の色は良くないようですが……できれば早く、あなたに復帰していただきたい」
斎藤は、抑揚がないながらも今できる精いっぱいで本心を告げた。新選組、引いては会津のためにも、伊東の入隊以来、妙に落ち着かない気にさせる隊内の空気を、山南にこそ落ち着かせてもらいたいというのが本音だった。
が、そんな斎藤の言葉に、山南はわずかに驚いたように目を瞬かせて――……何故か、困ったように眉尻を下げて微笑んだ。どうしてか、居心地の悪そうに見える苦笑だった。
腹が痛むのか、脇腹の辺りをぐっと押さえ、小さく「気持ちは嬉しいよ」とほとんど独り言のようにささめく。
さすがに違和感を覚えて問い返そうとした時、ところが改めて笑みを取り繕った山南が「それはそうと」と話を切り替えてしまった。
「ちょうど、斎藤くんと沖田くんを捜しに行こうとしていたところだったんだよ、私は」
「はい? ああ、それは……」
「江戸にいる平助からね、文が届いたんだ。今、永倉くんが自室で読んでいると思うから、斎藤くんも見てやってくれるかい」
山南は屯所の奥に視線をやって、打って変わった優しい色を瞳に滲ませる。
そのやわらかな表情に、斎藤は話を蒸し返すことができなくなってしまった。この笑顔を敢えて曇らせる必要はないように思え、先に感じた違和については次の機会で構わないか、と切り替える。
「承知しました、ご足労をお掛けしました」
「とんでもない。沖田くんは、いつもみたいに壬生寺かな?」
「そうですが、私が呼んで参ります。山南さんは、お部屋にお戻りいただいて問題ありませんので」
笑顔になっても顔色の悪さはすぐ戻るわけもなく、大事を取ってもらえればと答えたが。
「……そう、か。そうだね、お願いするよ」
その時また、何故か一瞬、山南が居心地悪そうな表情を見え隠れさせたような気がした。
「……? 山南さん――……」
「私宛にもね。平助から文が届いているから、お言葉に甘えて、これから落ち着いて読ませてもらうよ」
ふわりと、山南は嬉しそうに目をたわめて言う。
やはり結局、今はそれ以上踏み込むことはできず、斎藤は軽く頷いてその背を見送るしかできなかった。