怯えた呟き
刀を納め、後ろを振り返る。先まであれほどびくついていた女が、唖然とした表情で、去っていく男どもの背を見つめていた。
「大丈夫ですか? 怪我とかないです?」
同じく刀を納めた愁介が、女の顔を覗き込むように声をかける。
「あ……ああ、まことにありがとう存じます」
女は我に返った様子で、ご丁寧に深々と頭を下げた。
「……盗みを働いたということだが、事実ですか?」
斎藤が横から抑揚のない声で訊ねると、傍らに寄ってきた沖田と愁介が揃って「えっ」と戸惑いの声を上げた。
「狼藉が過ぎると感じた故に、手助けはしましたが。もし先の男らの話が事実であれば、事によっては番所に届け出る必要も――」
「い、いいえ! 違うのです!」
女は斎藤の淡々とした追及に慌てて首を横に振り、ぐいと逆に詰め寄るように訴えてきた。
「先ほどは恐ろしさのあまり声も出ませんでしたが、彼らの言っていたことは濡れ衣なのです! 確かに私は料亭にて給仕をしておりますが、彼らは時々店に来ていただけのお客様で……買い出しの途中、無体を働かれそうになり、それで……それで、私は、必死で……」
女は肩を震わせ、言葉を詰まらせた。
愁介は慌てたようにわたわたと手を泳がせ、「あっ、泣かないでください、もう大丈夫ですから!」と身を縮めた女に手を触れないよう気遣いながら、優しく声をかけ続ける。
しかし斎藤はつい眉をひそめた。隣を見やれば、沖田もどこか不思議そうに小首をかしげている。
――ない、とは言い切れないものだが。無体を働かれそうになったとして、男三人相手によく逃げて来られたものだ、と……少々違和感が残ったのだ。
沖田が視線に気づき、斎藤と目を合わせてから苦笑交じりに軽く肩をすくめた。
任せる、ということらしい。
斎藤はわずかに逡巡した後、溜息を吐いてゆるく首を横に振った。
深入りしない。面倒だと感じるのもあるが、どんな理由があれ、給仕女の尻を追いかけていた男達に、不逞浪士どもと関わりがあるとも思えない。第一、斎藤が京都守護職の名を口に出した時だって、男達は良くも悪くも一切気に留めることなく、刀を向けてきたのだ。新選組にとっても、会津にとっても、わざわざ相手にする必要がある相手とも思えなかった。
「……また何か問題が起こることあらば、壬生の新選組屯所までお訪ねください」
それだけ言って、斎藤は話を終わらせた。
が、ぐすぐすと鼻をすすっていた女は、そこで何故か小さく「新選組……」と呟き、涙に濡れた目を斎藤達に送ってくる。
「……何か?」
「あ、いえ……その……新選組のお噂は、伺っており……皆様が、新選組の方々だったとは思いもよらず」
「ああ、都に住まう方々からすれば、私達の印象って、さっきの狼藉者と変わらないでしょうからねえ」
沖田は気にした様子もなく軽く笑って答えたが、女はふるふると首を横に振って、神妙に呟いた。
「そんな……皆様は、さぞ、高いお志をお持ちなのでしょうね」
「志?」
愁介の問い返しに、女は深くうなだれるようにうなずいた。