正月の巻き込まれごと
「ああっ、お助けを! お助けください!」
新年を迎え、元治二年となって早くも半月が過ぎようとしていた、ある日のこと。
斎藤が、一人でぶらりとあまりひと気のない都の片隅を散歩していた時だった。そろそろ新選組屯所へ戻ろうかと壬生へ足を向けたところで、唐突な面倒事に巻き込まれてしまった。斎藤が道角を曲がってすぐ、正面から現れた女が、目が合うなり冒頭の言葉を投げかけてきたのだ。
女は裾が乱れるのも構わず、足元に薄く積もった雪を蹴散らしながら必死の形相で駆け寄ってきた。
斎藤があまり感情の乗らない顔で目を細めれば、女の後ろから男が三人ほど「待ちやがれ!」と息巻いて女を追いかけてきている。
「お侍様、何卒……っ、何卒!」
女はぜいぜいと息を切らせながら、斎藤の袖口を縋るように掴み、背後に回った。直前に見えた目は今にも涙がこぼれそうなほどに潤み、袖を掴む華奢な腕もぶるぶると大きく震えているのが伝わってくる。
知らぬ女とはいえ、見ぬふりをするには既に渦中に放り込まれた形となっていた。
斎藤は白く色づいたため息を小さくふう、と吐く。
「何だ、おのれは……!」
追いついてきた強面の浪士風体の男が、女を庇うような形で立つこととなった斎藤を睨み上げてくる。
「何、と言うなら、何でもない通りすがりだが……」
斎藤は仕方なく、抑揚のない声で静かに答えた。
「……まあさすがに、女子一人に男が三人というのは、いささか卑怯では?」
「黙れ、若造!」
三人の内、一番後ろにいた年かさの男が、酒焼けしたような濁声を荒らげた。
「その女は店で盗みを働きやがったんだ! こっちに引き渡してもらおうか!」
「盗み? 店とは、どこの?」
江戸訛りに近い物言いと荒々しさに、斎藤ははてとわずかに首を傾けた。都に構えるお店の用心棒にしては、随分と粗暴だ。
もちろん、いくら斎藤が京の治安を守る京都守護職の間者であり、その守護職の配下にある治安維持部隊たる新選組の幹部という仮の姿を持っているとしても……都にある店すべてを把握しているわけではないし、都に江戸から来た商人が店を構えていることがあり得ないとまでは言うつもりもない。が、数年もの間、都の隅から隅まで走り回って不逞浪士らを取り締まり、合間に京都守護職たる会津から各所の情報を得ていれば、ある程度の目利きはできるようになってくる。
――すなわち江戸じゃあるまいし、こんな荒くれ者どもを用心棒として雇う店なんて、都中から爪弾きにされるに決まっているじゃないか、と。その上、悪目立ちをしてとっくに不逞浪士との関係を新選組に疑われているはずだ、とも。
「……そちらの言うことが正しいにしても、さすがに女相手に刀に手をかけての追い立ては、乱暴が過ぎるように思う。店を教えてもらえれば、手前が責任をもってこの女を連れて伺おう。手前は京都守護職お預かりの――」
「御託はいい、女をさっさと渡しやがれ! 邪魔立てするなら、貴様も叩っ切る!!」
斎藤が冷静に仲裁に入ろうとしても、年輩の男は有無を言わさず言い募った。同時に、腰の獲物を鞘から抜き放つ。
――男の話が嘘か真かは知らないが。この程度の会話で抜刀なぞ、あまりに反応が過剰だ。不逞の輩と判断し捕縛するくらいは許されるだろう。
斎藤は瞬時に計算し、応戦しようと己の腰の刀に手をかけようとした。
ところが「ひぃいっ!」と、男達のぎらつかせた抜き身の刀を見て、女が掠れた声を上げた。斎藤の袖を掴んでいた力がより強くなり、縋りつくように斎藤の右腕にかい付いてくる。
斎藤は思わず、目をすがめるように顔をしかめてしまった。