支えと歩き方
突然、腹の上にどさどさと重しを乗せられて、斎藤はとっさに呻きながら目を見開いた。
瞬間、文字通り腹の上に原田が交差する形で寝そべっており、その上に永倉と沖田が悠々と座っていた。当然すぎるほど当然の重みと息苦しさである。
「なん、っ……重……!」
まともな言葉を発せず訴えると、ところが土方は淡々と、
「そのクソ重いもんが、俺の芯を真っ直ぐに立たせてくれる、俺の外側にある『支え』なわけだが」
どうだ、と。
本気で苦悶を顔に浮かべている斎藤が物珍しいのか何なのか、ここへ来て一番の、輝かしいまでの笑顔で改めて問いかけられた。
どうだも何も。
答えようにも、鍛え抜かれた剣客三人もの重みを腹に受けていては息が詰まるばかりで、斎藤はただ首を小さく横に振った。
すると今度は永倉が、原田の背中の上からひょいと斎藤を覗き込んで、
「なあ斎藤。お前さあ、真面目すぎんのよ。わかる? もうちょいズルく生きたって、よろしいんじゃなくて?」
猛禽類のような鋭い目が、愉快そうにたわんで笑みを浮かべる。
次いで斎藤の腹の上に交差する形で腹這いになり、悠々と頬杖なんぞをついている原田も、「まぁ何か、よくわかんねぇけどよ」と言葉を継ぐ。
「歩き方を忘れたってんなら、引っ張ってやりゃお前ならいつでも歩けるだろ」
「そうですね。斎藤さんはいつも、何でも一人でやらなきゃって思いすぎだと思うんですけど、その考え方自体が何ならおこがましいなぁって私は思います!」
永倉の隣から、沖田が拳を握りながら目を光らせる。
「おこがましいは言い過ぎじゃない?」
永倉が沖田を振り返り、
「おや、そうです?」
と沖田はわかりきったような笑みであざとく小首をかしげ、ぼんぼり髪を揺らす。
「なあ斎藤」
改めて、わいわいと賑わいできた室内の空気を汲み取って、土方がフンと鼻で笑う。
「前にも訊いたけどよ。お前、何のために新選組にいるんだ。何でここに入ろうと思ったんだ?」
斎藤が答えられずにいても、土方は構わずぽんぽんと指先か何かで軽く放り投げるような物言いで話して、しゃがんだ自身の膝の上に頬杖をつく。
「別に、答えなくてもいいけどよ。いっぺん、改めて考えてみろよ。江戸にいた頃、食客としてお前を置いてやってた近藤さんや俺達門人への義理か? それとも、何かに流されて仕方なくか? 流されたなら、何に流された? 時代か? もっと別の何かか?」
答えの求められない五月雨の問いかけに、ふと、無意識に脳裏に容保の顔が浮かんだ。
――が、それより何より。
とにかく重くて、血流が止まっているのか、本気で頭が熱く痛くなってきた。
斎藤は息を詰めながら、何も言葉にできず、ただ唯一自由に動く己の腕でバン、と畳を叩いた。浅くなった呼吸で永倉や沖田を見て無言で訴えれば、「おっと」「さすがに長時間はまずいですね」とわらわら斎藤の腹の上から撤退していく。
その後にようやく一番重い原田が身を起こし、斎藤は何とか呼吸を取り戻して喉が鳴るほど大きく息を吸い込んだ。
「っ、ハ…………死ぬかと、思いました」
胸を押さえながら、どうにか呻く。
と、まるで図ったかのように、四人同時の言葉が返された。
「死ななくて良かったな!」
「死ななくて良かったですねぇ」
「死ななくて良かったねぇ」
「死ななくて良かったじゃねぇか……」
四人の内、わずかに長く言った土方が言葉尻をすぼめ、複雑げな顔でむっと眉間にしわを寄せた。
沖田と永倉、原田はカラカラと楽しげの声を転がして大笑いする。
まったくどうしようもないやり取りに、斎藤も肩の力がすっかり抜けてしまった。
「とにかく! 永倉も言ったが、何にしたって斎藤、お前はさすがにクソ真面目がすぎる」
照れなのか呆れなのか、三人の笑いの渦の中、土方はしかめ面を崩すことなくおもむろにすっくと立ち上がった。かと思えば、横になったままの斎藤の遥か頭上からビッと指さして、
「いいから、まずはもっと肩の力ァ抜いて生きてみろよ。生き方なんざ人それぞれだが、人それぞれだからこそ、そこに立ってるだけでお前には意味が生まれる。第一、少なくともお前はウチの組の中核なんだ。歩き方がわからんなんぞとたわけた言い訳で、仕事サボれると思うなよ。わかったな!」
半ばまくしたてるように念を押すと、土方はそのまま踵を返して部屋から出ていった。
「ほんと天邪鬼なんだからなあ」
沖田が笑いながら障子の向こうに身を乗り出し、去っていく土方の背中を眺めやる。
「で、斎藤はどう? ちょっとくらい、歩き方とか思い出せそう?」
あぐらをかいたひざの頬杖をつき、永倉がにんまりと唇で弧を描いて斎藤を見る。
何一つ知らないはずなのに、何もかもを見透かしたような永倉の笑みは、正直、空恐ろしさすら感じる。
それでも、見紛う方なき親愛の込められた視線に忌避感はなく、斎藤は曖昧に薄く、口の端を引き上げて言葉にせず答えた。
少なくとも、世迷言を吐露していた瞬間のような、ぐるぐると置き場のない己の感情を持て余すような心地は、気付けば消えてなくなっていた。