頭痛と体当たり
「――市街戦においては、目の前の相手にだけに集中しすぎるな」
道場で個々に手合わせしている隊士らを見回りながら、斎藤は静かに告げた。
「ほら、脇ががら空きだ。敵の仲間に不意を衝かれたらどうする」
明らかに隙だらけの一人の膝裏を、横から己の木刀で軽く突いてやる。
途端、隊士は間の抜けた動きでカクンと膝を折った。周りから、軽やかな笑い声がこぼれ落ちる。
が、それらに冷めた一瞥を返せば、皆々は慌てた様子で表情を引き締めて再び打ち合いに意識を向けた。
「常に敵と味方の見分けをつけられるようにしろ。この後、また多数と少数に分かれて生き残り戦をやる。今の仕合の動きと結果次第で組分けをするから、そのつもりで」
言って斎藤が壁際に退けば、言葉なく個々のやり取りに気合が入ったのが伝わる。さもあろう、訓練といえども、少数組に配されれば高確率で多数組から袋叩きにされるのだ。手に持つそれらが木刀であっても、少数組に配されるのだけは回避しようと必死にもなる。
やれやれと、ようやく表れた必要な緊張感に息を吐きながら、斎藤は板張りの壁に背を預けた。
――沖田との密やかな決闘から、四半月が経つ。
が、未だに愁介とは話せていない。歯抜けの積み木細工は、明らかな形のひと欠片をはめられないまま、手の中で延々と転がし続けている状況だ。
もうわかっているつもりだし、それ以外の答えは最早あり得ない、という確信すら持っている。
しかし、それでも愁介自身が頷き、肯定を返してくれない限りは、結局答えなど一生出ないままだ。信じられない気持ちだって、未だに拭えないのも否めはしない。
だが、いつ、どの機会に切り出せば良いのだろう。
愁介は、以前と変わらずここしばらく屯所に現れないままだ。それにやきもきしている反面、どこか安堵している己もいるような気がして、何とも嫌な心地が胸中に渦巻く。
考えすぎるとまた、足元がぐらぐらとおぼつかないような感覚が――……
「――ぅおあッ、斎藤!!」
頭痛を誤魔化すように眉間を揉んだところで、唐突に鋭い声に呼ばれた。
ハ、と文字通り吹っ飛んでくる気配に気づいた時には既に遅く、
「ッ、ぐ……!?」
「がはッ……!」
斎藤とは別に、一対一の手合わせ指導をしていた永倉に吹っ飛ばされた平隊士の身体と壁に、まともに圧し潰される形になってしまった。
かろうじて平隊士の身体が変に傷まないよう支えるだけのことはできたが、胸と背中、反動で後頭部まで強かに打つ羽目になって、視界がかすむ。
――まったく、常に周囲に気を配れなどと、どの口で指導しているのか。
考えごとに没頭して己が負傷していたのでは世話がなく、ぼやけていく意識の中、ありとあらゆる情けなさに小さな呻き声を上げるしかなかった。