一縷の決断
「代わりに――あなたが勝てば、『葛さん』のことを、お教えしますよ」
斎藤は目を見開き、沖田を凝視した。
聞きたい。
真っ先に欲が頭をもたげる。
しかし直後、冷や水を浴びせられたような心地で我に返った。
何故。その疑問が胸中でとぐろを巻き、じわじわと眉間にしわが寄っていく。どう動くべきかの算段を、頭の隅で始めざるを得なくなる。
「……何を知ってる」
「ですからそれは、斎藤さんが私に勝てたら教えて差し上げます」
「訊き方を変える。俺の、何を知っている」
葛との関係を通じ、斎藤が間者である事実を沖田が知ったというならば、どう動くべきか。沖田相手に誤魔化しが利かないことは明白だ。逃げるか斬るかで言えば、恐らくは逃げ一択しかなくなる。が、それをすることで良好な関係性を築きつつある会津と新選組の間に亀裂が入るようなことがあってはならない。となれば、真実はどうあれ知らぬ存ぜぬを貫き通して、逆に逃げも隠れもせず土方に交渉を――……
と、つらつら考えていたところで、沖田がきょとんと目を丸くさせた。
「斎藤さんのこと、ですか……? さあ、それは……強いて言うなれば、斎藤さんが私達と出会う前まで、葛さんにご奉公されていたっていうお話だけですけど」
その答えに、斎藤もひとつ、二つと目を瞬かせ、それから溜息と共に眉間に指の節を当てた。
――明らかに先走りすぎた、という自覚が持てる程度には、冷静になれた。
沖田の様子からして、斎藤の間者仕事については何も知らないのだろう。当然だ。もし沖田が知っていたならとっくに土方や近藤に伝わって処罰を受けていただろうし、そもそも今の状況だって同じこと。沖田が斎藤の秘すべき事実を知っているなら、決闘なんて回りくどいことなどせず、その『事実』を盾に「黙っていろ」と言えば済むだけの話だ。
うろたえている。思考が、乱されている。
改めて自覚を持ち、深呼吸をする。
「……葛様のこと、愁介殿から聞いたのか」
「まあ、そうですね」
沖田は訝るような苦笑を浮かべながらも、どこか縋るような視線を斎藤から逸らすことなく、そっとうなずいた。
この土壇場でハッタリをかけるほど、沖田は愚かではない。とすれば、本当に葛のことを知っているのだろうし――場合によっては、斎藤よりよほど、愁介のことも知っているのかもしれない。
ずっと望んでいたことだ。確かめたくて、確かめるのが怖くて、けれど機会すらなく足踏みしていたものを、もしかしたら沖田が知っているのかもしれない。
それが手に入るかもしれない、というなら――……
「……わかった」
今の斎藤に、否やを唱える選択肢は、ない。
「その代わり、沖田さん。約束は違えるなよ」
答えると、沖田はわずかに目を瞠り、武者震いでもするように頬を軽く引きつらせた。
「もちろんです」
斎藤が上体を起こすと、沖田もようやく体を起こして、逆に斎藤が立ち上がるのを助けるように手を差し伸べてくる。
「負けませんから」
「こちらの台詞だ」
差し出されたそれを掴み返し、斎藤は睨むように沖田を見返した。
口元にかすかな笑みが浮かんだことには、気が付かなかったことにした。