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櫻雨-ゆすらあめ-  作者: 弓束しげる
◆ 一章八話 紫苑の病 * 元治元年 十月
110/203

重なる願い

 店から渡された提灯で足元を照らしながら、斎藤は山南と並んでゆったりと歩を進めた。


 吹きすさぶ風は強いわけではないが、じわっと肌を粟立たせる冷たさがある。その風に小さく揺れる手元の光を見ながら歩いていると、道半ばほど来たところで山南がぽつりと呟いた。


「改めてありがとう、斎藤くん。世話をかけるね」


 視線を流せば、山南はそれまでの斎藤と同様に揺れる提灯の光を眺めながら歩いていた。灯りに照らされた口元には薄い笑みが浮かべられていたが、光の加減か、それは心なしか自嘲めいたものに見えなくもなかった。


「いえ……ああいった酒席は、本当に苦手なので。出て来られてありがたかったですよ」

「ははは。そうだね、君はお酒を飲むにしても、一人静かにやっているような印象がある」


 山南はおかしそうに肩を揺らし、しかしやはり、ふ――と嘆息めいた呼気を漏らした。


「……大事なく終わってくれればいいんだが」

「思った以上に、土方さんが伊東さんに突っかかっておられましたからね」


 沖田もそうだったが――という余談は口に出さず、斎藤はあごを引く。


「しかし近藤局長が上手くとりなしてくださるでしょう」

「それが余計に土方くんの機嫌を悪化させそうなのだけどね」


 山南はゆるく首を傾けて、困ったように眉尻を下げた。


「しかし、土方さんがあそこまであからさまに嫌な顔をするとは、思いませんでした」

「ははは。合わないんじゃないかとは、元から思っていたところではあるのだけど。伊東さんは根っからの勤王の志士だからね。それゆえか、土方くんから言わしめれば、言葉の端々から幕府をないがしろにするかのような腹黒さを感じる――ということだそうだよ」

「それは……不穏ですね」

「いやいや。新選組に佐幕の()が強いことは、元よりわかっているのだから……そんな思想なら初めから入隊しないだろうとは、平助も私も言っているのだけどね」


 肩をすくめる山南に、斎藤もふむと空いた手であご先を撫でる。


 勤王と佐幕は両立する思想だ。天皇を敬いながら幕府を支えて国を盛り立てる。実に単純なことである。が、幕府を良く思わない志士らの中には、勤王倒幕を謳う者も少なくないものだから、土方にはどうやら伊東が前者でなく後者に近いのではと見えているのかもしれない。池田屋の一件以降、そういった輩が新選組を嗅ぎ回り、時には間者を送り込んでくることもあるものだから、疑心暗鬼になる気持ちもわからないではなかった。


「斎藤くんは、どう思う?」


 山南が、やはり足元に視線を落としたまま問うてくる。


 斎藤はわずかな思案の間を置いた後、「……そうですね」と抑揚のない声で答えた。


「少々癖のありそうな御仁だとは思いますが……正直を申し上げれば、今は何とも」

「はは。昨日今日会ったばかりだし、そうだよね」

「ええ。ただ、藤堂さんの選んだ方ですし、良いように落ち着いて馴染んでくれればとは思います」


 言葉を付け加えると、山南はゆっくりと目を瞬かせた後、薄い微笑みを浮かべた。


 かと思えば、やはり具合が悪いのを我慢していたところがあるのか、脇腹のあたりをゆるく撫でさすり、押さえている。


「……早くお戻りになるといいですね」


 つい言い募ると、ようやく山南が顔を上げ、斎藤と視線を合わせた。瞳を穏やかにたわめ、「そうだね」とうなずく顔色は、それまでより少し明るく見えた。


「私も平助に会いたいよ。文でも出してやろうか。平助は平助で、きっと皆と離れてむくれていると思うから」


 何故か安堵が湧いて、それを誤魔化すように斎藤も薄く微笑み返す。


 ――やはりどうも、藤堂と山南には肩入れめいた感情を抱いてしまうな、と自覚を持つ。重ねて見てしまう部分があるからこそ、二人には離れずにいてもらえればと願ってしまうのかもしれない。支えとなる存在がいる幸福を、二人には手放さずにいてもらいたい、と……そう願うことで、己の中の澱をわずかでも昇華しようとしているのかもしれない。


 何とも馬鹿らしい話である。


 馬鹿らしい話ではあるのだが――……。


 ――『昔、オレに生きろって言ってくれた人がいたんだよね』


 脳裏をかすめた顔に、視線を流す。


 先月以降、およそひと月。愁介とは、一度も会っていなかった。

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