間違っていた
(リアム視点:続き)
婚約を交わしてから、ネリーは頻繁にオベールの屋敷へ遊びに来た。俺から向こうの屋敷へ行くことはないし、わざわざ外へ出かけてミレイユ以外の女性とふたりでいるところを誰かに見られたくない。
俺はミレイユのいるこの屋敷でネリーと過ごし、嫉妬するミレイユが見たいだけ。なので、屋敷に遊びに来るようネリーにけしかけたのは俺だ。
興味のない女の話すことにはもちろん興味がない。ネリーとの会話はつまらなく、めんどくさかった。でも、遠巻きに俺の様子を伺うミレイユの姿を見るとぞくぞくして、俺は愛されていると実感していた。
「ミレイユも一緒に話さないか?」
わざとミレイユを俺たちのところへ呼び、三人でお茶を飲むことになった。
ネリーはきっとミレイユに嫌味を言うだろう。この女は昔から、ずっと俺のそばにいたミレイユのことをよく思っていないから。
「おふたりは付き合っているんじゃないかと、貴族たちの間でひそかに噂になっていましたのよ」
「あはは。兄妹なのにそんな噂が立つなんて。変な話だね、ミレイユ」
「……そうね」
なんて会話をしたら、居心地が悪そうにレモンティーを飲むミレイユは、不満げな顔をしていた。
「ミレイユ様はやはり、将来リアム様みたいな人と結婚したいのですか?」
続けてネリーがそんなことを言い出す。小姑のような嫌味を言う女だと思いながらも、ミレイユの反応が気になった。ミレイユは苛立ったようで、一瞬眉がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。
「みたいな人と言われても……お兄様はひとりしかいませんから」
目線を下に向け、淡々とミレイユは言った。俺にとっては期待以上の返答で、計画通り、ネリーと婚約したことでミレイユの俺への気持ちが大きくなっていると思った。
「あら。それは、リアム様がよかったということ? ふふ。かわいい妹さんですわね。微笑ましいわ」
最大級の嫌味で返すネリー。ミレイユは怒りなのか、恥ずかしさなのか、顔を赤くして屋敷から逃げるように出て行った。
あまりにかわいい反応を見せつけられて、追いかけて抱き締めてたい衝動に駆られるが、必死で我慢する。
ミレイユ、今だけ耐えてくれ。これは俺たちがもっと強い絆で結ばれるための試練だ。ミレイユが本当に俺なしではいられなくなったとき、俺はそんなミレイユを死ぬまでべたべたに甘やかしてあげるから。
ネリーへの嫉妬を駄々洩れにするミレイユに、俺はにやけが止まらなかった。そんな俺を見て、ネリーは俺の機嫌がいいと勘違いしたようだ。
「リアム様。私、ミレイユ様と仲良くできるかしら。私がミレイユ様の大好きなリアム様を奪ってしまったからか、嫌われているみたいですわ」
被害者ぶってか弱いアピールをしてくるネリーだが、お前がミレイユから俺を奪える世界戦などどこにもないことを教えてやりたいものだ。
「大丈夫だよ。ミレイユはすごくいい子だから」
にこりと笑って、俺はたいして美味しくもないクッキーをつまんだ。
◇◇◇
ネリーを帰し、ミレイユの帰りを待つことにした。ミレイユがいない屋敷に居座られても、やることがなくおもしろくもなんともない。
……ここら辺で、ミレイユに大きな飴を与えておくか。というか、俺がミレイユの温もりを欲している。
ネリーが来てからあまりミレイユと以前のようにくっつけず、限界がきていた。
そろそろミレイユも派手な動きを見せてくれないだろうか。ネリーがもっと嫌味を言い続け、怒り狂ったミレイユが俺に「あんな女やめて」と怒鳴ってくれないものか。どうして私じゃないんだと、泣き叫んでくれるのはいつになるのか。
そうなるように、ミレイユの精神状態を仕上げていかなくては。俺の願望を押し付けてるようで申し訳なくもなるが、俺はそれほどに愛してほしいのだ。
だいぶ暗くなった頃、ミレイユはマリンと共に屋敷へ帰って来た。
「思ったよりずいぶん遅かったじゃないか。心配したよ」
俺と一緒でない外出は初めてだったので、本気で心配してそう言った。
ミレイユは「別に」と言って、さっさと部屋へ戻ってしまう。……なるほど。俺に反抗的な態度をみせるようになったか。これも俺の気を引かせるためだろう。ミレイユが自分よりネリーを構う俺に怒っていることは、よくわかった。
ネリーがいない日に、久しぶりにミレイユとゆっくりふたりの時間を楽しもう――そう思っていたが、次の日もネリーはやって来た。
さすがにこう毎日来られると困る。ミレイユとの時間がなさすぎる。
明日は来るなと釘を刺そうと思っていると、馬車の音が聞こえた。
ネリーの迎えか? いや、こんなに早い時間に来るわけがない。不思議に思っていると、馬車の音を聞いたミレイユは読んでいた本を置き、どこかそわそわとしている。
「ミレイユ様、エクトル王子がお見えです」
「……エクトルだと?」
ミレイユより先に、俺が反応してしまう。
どういうことかと問い詰める暇もなく、あっという間にエクトル王子が姿を現し、気づいたときには跪いてミレイユの手の甲にキスをしていた。
やめろ。俺のミレイユに触れるな。
エクトル王子は片脇に抱えた花束を渡し、受け取ったミレイユはうれしそうに花束を抱え笑っていた。
「花言葉は〝君を愛す〟だよ」
エクトル王子に言われ、花が咲いたようにぽっと顔を赤らめるミレイユ。
――反吐が出そうだ。ミレイユに似合わない花を持ってきた挙句、俺の前で、なにも気にせずミレイユに愛の言葉を吐くなんて。一体どういうつもりだ。
「ミレイユ、どういうことだ。なぜエクトル王子とこんなことを……!」
俺の声は、このとに僅かに震えていたかもしれない。
「お兄様、私、エクトル様と婚約したの」
ミレイユの言葉に、俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
婚約? なぜだ。それは断ったと言っていたじゃないか。
なにが起きているのかわからなくて、なにも言葉が出て来ない。
「そうだったのですね! おめでとうございます!」
代わりに俺の隣にいたネリーが声を上げ、両手をパチパチと叩き始める。うるさい。耳障りだ。
これはなんの冗談だ。ミレイユ、君は俺を愛してくれていたんじゃないのか。
俺はただ、君のすべてを見たかったんだ。君に愛されたかったんだ。狂うほど、俺に恋い焦がれてほしかったんだ。
それからのことは、あまり覚えていない。屋敷でミレイユとエクトル王子が仲睦まじく過ごしている様子を眺め、俺は頭がおかしくなりそうだった。どろどろとしたものが胸の中に渦巻いて、気持ち悪くてたまらない。ミレイユも、こんな気持ちだったのか……?
その日の夜、寝つきが悪く目が覚めた。
水を飲もうと部屋を出ると、廊下にエクトル王子が持ってきた真っ赤なアネモネの花が飾られていた。
嫌味なくらい主張の激しいその花を見るたび、花を抱えてうれしそうに微笑むミレイユの顔が脳裏に浮かび上がる。
アネモネの花言葉が〝君を愛す〟だと? そんな綺麗な言葉だけじゃない。
見捨てられた。恋の苦しみ。薄れゆく希望。
これも全部、アネモネの花言葉だ。
「……こんなもの、ミレイユには似合わない」
俺は生けられている花を掴み取り、そのまま無造作にその場に投げ捨てた。俺からミレイユを奪うやつは、どんなやつでも許さない。
あの微笑みが俺以外に向けられるなんて、思っていなかった。
やはり俺の自惚れだったのか。はたまた、馬鹿な俺が暴走してしまっただけか。
どんなことがあろうと、ミレイユは最後まで俺を見続けてくれると思っていたんだ。
――狂うほど恋い焦がれているのは俺だけで、彼女の俺への愛は、そこまで達していなかった。
「困ったな。さて……これからどう動こうか」
独り言を漏らしながら、床に散らばった花を何度も何度も踏み潰す。俺以外のやつに見せたミレイユの笑顔が消えるまで。
俺はミレイユを諦めるつもりはない。これも俺たちに与えられた試練なら、乗り越えればいいだけの話だ。
それを邪魔するやつは、恋に苦しみ、見捨てられ、叶わぬ希望と共に散っていけ。




