欲望に勝てなかった
(リアム視点:続き)
ミレイユに愛されていることを実感した俺は、次の日ミレイユと共に王家主催の夜会に参加した。
俺が似合っていると言ってから、ミレイユの一番のお気に入りとなった水色のドレスは、今日の夜会でも一層ミレイユ の魅力を引き立てている。
ミレイユのドレスの色に合わせ、自分も青を基調とした衣装を選ぶと、ミレイユはうれしそうにしていた。そんな俺たちは今日もまた、周りから恋人同士に間違われるのだろう。
『リアム様!』
大広間に入るや否や、すぐにネリーに声をかけられた。
返事をするのも面倒だが、これから自分がしようとしていることのためにも、きちんと愛想よく接しておく。
ネリーは俺とふたりで話したいようで、ちらちらとミレイユのことを見ていた。ネリーはミレイユが邪魔なのだろう。
普段なら絶対誘いに乗らないが、今日は受けてみるか。そのとき、ミレイユはどんな顔をするのだろう。
『……ミレイユ、少しの間、俺がいなくても平気か?』
『ええ。平気よ』
清々しいほどあっさりと、ミレイユはそう言った。
『……そうか。じゃあ、行ってくる』
ここで行かないでと言われたら、俺は行かなかったのか? 俺はそれを期待していたのか?
なんにせよ、あまりにも読めないミレイユの態度に、俺は翻弄されっぱなしだった。
だが、もしかしたらミレイユは平気なふりをしているだけかもしれない。婚約の話だって、本当は嫌だったのにずっと平然を装ってたようだし。今回もその確率は高いだろう。
俺とネリーが並んで去っていく後ろ姿を、ミレイユはどんな顔で見ているか、俺には知る術はない。
テラスに行くと、隣でネリーがなにか話している。適当に相槌を打って笑っておけば、勝手に喜んでくれるので簡単なものだ。
ネリー……。バスキエ家の伯爵令嬢。貴族の男たちの間でも、度々話題には上がっていた。清純で、かわいらしい令嬢だと。
俺に好意があるのは薄っすら気づいていたが、親を使って婚約までこぎつけてくるとは予想外だった。
俺はネリーのことはどうでもいい。でも、俺とミレイユの恋を燃え上がらせるには使える駒だ。
『リアム様、今日もとても素敵です。青の衣装がよくお似合いですわ』
ぽっと頰をピンクに染めて、上目遣いで俺を見つめるネリー。俺も見つめ返して笑っているようで、実際はほとんど目に入れていない。
『今日はとても星がお綺麗ですわね』
『……そうだな』
隣にいるのがミレイユなら、「君のほうが綺麗だ」なんてキザなことを恥ずかしげもなく言ったのだろう。
『あの、リアム様。そろそろ、婚約のお返事をいただけないでしょうか――』
『……ごめん。もう少しだけ考えたい』
ふたりで話すことになった時点で、この話をされるのはわかりきっていた。ネリーだって、このために今日の夜会に参加したと言っても過言ではない。
『では、明日までにお返事をいただけますか? 私、今までずっと待っていました。リアム様が私のことを見てくれるのを。……ですが、もう待てません。これ以上近くにいると、もっとリアム様のことを好きになってしまいます。そんなときに婚約を断られてしまえば、私は立ち直ることができないかもしれません』
今まで待っていたなら、どれだけ待つのも同じではないのか。そもそも勝手に俺に好意を持ち、勝手に待っていただけなのに、この被害者面した物言いがカンに触る。
『ですがリアム様。これだけはわかってください。私はリアム様を愛してます。ずっと、ずっとお慕いしておりました。……ミレイユ様をリアム様がとても大事にしているのはわかります。あれだけ懐かれれば、優しいリアム様はそうするしかないですもの。でもリアム様を想う気持ちは、私、誰にも負けません』
『……はは。ありがとう。そこまで俺を好いてくれて。ちゃんと考えるから、あと少しだけ待ってて?』
『はい。いいお返事をお待ちしておりますわ』
俺が優しさだけでミレイユの相手をしていると思い込んでいるなんて、馬鹿すぎて笑えてくる。なんて自分に都合のいい解釈なのか。
返事はとりあえず、今は保留にしておいた。ここからどうするのかは、自分の欲望との戦いになる。
テラスから大広間に戻ると、ミレイユの姿がない。必死に探していると、エクトル王子と一緒にいるミレイユを見つけた。
――エクトル王子。あいつはミレイユに気がある。隙あらばいつもミレイユに関わろうとしてくるので、俺はいつもミレイユに隙を与えないようにしていたのに。
すぐにミレイユを自分の元に返してもらい、彼女は俺のものだという牽制もしておいた。エクトル王子の顔は引きつっていたが、ここでなにも言い返してもこない時点で、ミレイユへの気持ちなどたかが知れている。
なにを話していたか聞くと、ミレイユがぎくりとした表情を見せた。口をつぐみはっきりとものを言わないミレイユを見て、エクトル王子となにかあったことを悟った。
ミレイユの手を引いて、王宮から出るとすぐさま馬車に乗り込んだ。夜会などもうどうでもいい。
『実は――エクトル様に、婚約を申し込まれて』
『なんだと⁉︎』
あまりにも驚いてその場で立ち上がってしまい、馬車の天井に思い切り頭をぶつけた。かっこ悪いところをミレイユに見られた恥ずかしさを隠すように、何事もなかったように座り直す。
それにしてと婚約だと? エクトル王子がそこまでミレイユのことを好きだったなんて……。
なんて返事をしたのか知りたいが、聞くのが怖い。
俺とミレイユは同じ気持ちだ。お互い好き同士。兄妹でなければ、今ごろとっくに恋人になっていたはずだ。
ミレイユが俺以外の男と婚約するなんてありえないと思いながらも、俺は不安だった。
しかし、そんな不安はすぐに消える。
ミレイユはエクトル王子からの申し出を断っていた。うれしさもあったが、王子からの婚約をなんの躊躇いもなく断ったことには正直驚いた。
『お兄様がまだ私に結婚は早いって言ったからよ』
ミレイユは言った。断った理由は、俺の何気ない一言だった。
俺の言うことを聞いて、王子との婚約まであっさり断ってしまうミレイユ。ミレイユは、俺の意見を常に最優先してくれて、俺の望むようにしてくれる。
ミレイユから感じる俺への大きな愛情に、胸がいっぱいになった。彼女の近くにいきたい。もっと近くに。体のどこかが常に触れ合っている距離に。
向かい合っていた俺たちだったが、俺はミレイユの隣へと移動した。
隣に座る俺を、ミレイユはじっと見つめてくる。
そんな熱っぽい瞳で、俺を見ないでくれ。どうにかなってしまいそうだ。
そのまま口づけたい衝動を抑えるために、視線わ逸らしミレイユの頭を抱き寄せた。サラサラの髪を撫でてひと束掬えば、彼女の髪からは俺と同じ香りがする。そのことが俺をさらに高ぶらせた。
このままめちゃくちゃにしたい。俺のものにしてしまいたい。ミレイユ、好きだ。愛してる。
だから俺は、君のすべてを知りたい。
帰って婚約の返事をどうするか考えた。ミレイユはエクトル王子との婚約を俺を理由に断ったのだから、俺も断ればいいだけ。
でも、嫉妬に狂うミレイユを見るには、これはいい機会だ。
ミレイユに俺の存在の大きさを気づかせて、さらに俺しか見えなくしてあげよう。
悲しそうなミレイユを見るのは心苦しいが、安心してくれ。ネリーの婚約は後から破棄すればいいだけ。最後に俺が選ぶのは、ミレイユだけなのだから。いや、最初から、俺に君以外の選択肢などない。
俺は欲望に勝てなかった。ネリーを一時的に利用することにし、ネリーと婚約することを両親に伝えた。
このタイミングで両親は一か月の旅行に行くことになり、屋敷は俺とミレイユが愛を育むのにはちょうどいい舞台となった。両親が戻ってきたとき、俺たちは兄妹のままでいられているだろうか。
両親を見送るとき、話の流れでネリーの名前が出てきた。俺はミレイユに、ネリーと婚約したことをついに告げる。
『ミレイユ、俺、ネリーと婚約したんだ』
そう言ったときのミレイユの顔は忘れられない。
『そうだったの。おめでとう。お兄様』
必死に笑顔を作っているが、声は震えている。ミレイユのこんな作り笑顔を見たのは、初めてのことだった。
なんてかわいくて健気なんだ。今にも落ちそうな涙を舐めとって、本当に愛しているのは君だと言ってやりたいけど、今は我慢だ。だってまだまだ、見たことない君の表情を見せてほしいから。
『ありがとう、ミレイユ』
これから君は、たくさん泣いて、病んで、今までの優しい俺を求め、俺のことばかり考えるようになればいい。
俺は君に愛されたいんだ。今までの純粋で綺麗な愛じゃなく、もっと重たい愛で。
君に愛されすぎて、死んでしまうくらい。




