1.緑の実
新章スタートです。
「ソウイチ、これは何という野菜?」
「これはナスだ。もうそろそろ食べごろだな」
「あっちのナスは若干形が違うのはどうして?」
「あれは品種が違うんだ。これは中長ナスであっちは丸ナスだ」
「同じナスなのに違う……とても奥深い」
「もう! フラム! ソウイチさんの邪魔しちゃ駄目でしょ! フラムがどうしても畑が見たいって言うから無理言って連れてきてもらったんじゃない!」
「気にするな、誰か来れば茶々が教えてくれる。な、茶々?」
「ワンワン!」
畑の一角、ナスの畝のところで大きくなった実を下から眺めて感心するフラム。彼女の最近の興味は農業に移ったらしく、流石に農家ならば実際に畑を見た方が早いということで今朝いきなり頼まれた。自分の世界の農業とはかなり異なるらしく、どうやって作物を栽培するのかを詳しく知りたいらしい。
「この畑にはほとんど魔力を感じないのに、どうしてここまで育つ?」
「精霊の力は感じるから、それが影響じゃないかしら」
「魔力とか精霊とかは知らないが、土づくりには細心の注意を払ってるぞ」
「確かに植物たちが喜んでいます」
「魔力が無い土……なのに作物が育つ……とすると農業には本来魔力は必要ない?」
しゃがみこんで土を指先で弄りながら自分の世界に没頭しはじめるフラム。そもそも魔力を使った農業というものが何なのかが分からないが、少なくともうちの畑の土は一般的な畑の土だと思う。基本は山土に腐葉土や牛糞などの堆肥、作物を収穫した後に鋤き込む有機石灰や肥料類等々が混ざったものだが、基本的には従来の山土に存在している微生物を増やすような土づくりに努めている。
「出来るだけ微生物が多くなるようにしてる。ほら、こういう塊状の土が良い状態だ」
「微生物……目に見えないくらい小さな生き物……なるほど、そういう生き物が様々なものを分解するとこういう土が出来る?」
「ああ、落ち葉を土に埋めるとボロボロになって土に還るだろ? そういう土は植物の生長に必要な栄養分を蓄えているんだよ」
「シェリー、この考え方は私たちの世界にはない。こういう土が森や山にあることは知っているが、その原理まで解明した者はいなかった。これを持ち帰ればもっと安定した農業が可能になるはず」
「戻れれば、だけどね」
ナスの葉についた虫を剣先で落としながら、半ば諦めたような口調で言うシェリー。ナスの害虫は色々あるが、うちの畑によく出るのはテントウムシダマシという虫で、成虫、幼虫ともに葉を食害する。ちなみにテントウムシはアブラムシを捕食してくれる益虫で、見分け方は背中が艶がある。艶のないテントウムシらしいものはテントウムシダマシだ。落とした害虫はきちんとトドメを刺して集めておく。虫の死骸は他の虫を呼び込む可能性があるので、集めて庭の鶏の貴重なタンパク源になってもらおう。
「戻る鍵はあのドラゴン。いずれ必ず戻る方法を見つけてみせる」
「でもフラム、戻ったらもうアニメは見られないのよ?」
「……できるだけ見つけられるように努力する」
シェリーの冷静なツッコミを受けて、必達目標が努力目標にランクダウンした。それほどアニメ見たいのか。フラムのことだから戻っても自分でアニメとか作りそうな気がするんだが。
「そろそろ次の畝に移るぞ」
「はーい」
「次の野菜は何?」
「ピーマンだな」
「ピーマン……興味深い……」
フラムにとってはうちの畑の野菜はとても興味深いらしい。どういう点が興味深いのかはわからないが。
「魔力で育てた野菜は傷みにくい。だから皆魔力の高い土地で農業をする。でも正直言って美味しくない。ここの野菜のように美味しいものが作れれば、皆が進んで農業を行うようになるはず。この土が作れれば、場所を選ばずに農業ができる」
「そうね、魔力の高い土地は皆で取りあいだし、森を開拓しようにも魔物が多いし、ここの農業と同じものが出来れば、もっと安定して美味しい野菜が供給できるわね」
「そう、そのためにも色々調べなくてはいけない。まずは味見を」
「食べたいだけじゃないの」
「味見は重要。美味しくない野菜を育てても誰も食べない」
「ソウイチさんの作る野菜は美味しいに決まってるでしょ!」
「むぅ……」
最近のシェリーは自分の言葉で主張してくることが多くなった。これもフラムが来てくれたことが大きな要因だろう。気心の知れた親友が一緒にいることで、どこか借りてきた猫のような状態が解消されたと考えるべきだ。
シェリーたちの世界の農業は魔力の強い土地で育てるらしいが、魔力のせいで傷みにくいそうだが、そのぶん味が良くないらしい。二人がうちの野菜の味に感激していたのは、元々の野菜の概念を覆す味の濃さだったかららしいが、かといって魔力のない土地は痩せていて雑草も生えないそうだ。
だがもしここの土壌のような状態が作れれば、場所を選ばずに栽培が出来る。保存は難しくなるが、そうなったら調理して保存食として保管すればいいし、一度に全部栽培しなくても時期をずらせば長期間安定して供給できるようになる。
「まずそのためには味見が必要。美味しさの秘密を紐解くことが今最も優先されるべき課題」
「わかったよ、好きに採って食べていいぞ」
「さすがソウイチ、私のことをよくわかっている。では遠慮なくこの長細いのを……チャチャ、採って……」
「ワン!」
フラムがピーマンの植わっている畝をうろつきながら、最も食べごろの実を探しているようだ。ようやくお眼鏡に適う一つが見つかったようだが、さすがに届かないので茶々に頼んでいるようだ。ピーマンの畝の端のほうの実を手に入れて上機嫌のフラム。
「シェリー、これはきっと最高の味がする。どうしてもというのなら分けてあげてもいい」
「いいわよ、後でソウイチさんに選んでもらうから」
「女の負け惜しみは醜い」
「何言ってんのよ……早く食べなさいよ」
よほど自分の選んだ実が気に入ったのか、シェリーに見せびらかしているフラム。実はピーマンは採りたてなら生食も出来る。というか甘くてとても美味い。特にこの品種のピーマンはサラダにも向くタイプだ……にしては形がずいぶん細長いような気がする。
「あむ……ん、んん、んーーーーー!」
「ちょっと! どうしたのフラム!」
突如フラムがかじった実を放り投げて口を押さえて転げまわる。その様子を見たシェリーが慌てて駆け寄るが、俺はフラムの放り投げた実を拾い上げて彼女の異変の原因を理解した。この畝のピーマンは細長い形が特徴だが、それにしては細すぎる形、生育不良かと思ったが、実の張り具合は問題ない。ただピーマンではなかっただけだ。
「ピーマンの種に唐辛子が混じってたみたいだな」
ピーマンだと思ってフラムが食べたのは青唐辛子だった。どうやら種が混ざっていたらしいが、あの辛いのを無防備で丸かじりすればああなるのは当然だろう。
「フラム、落ち着いて水を飲め。ゆっくりだぞ」
「んぐ……んぐ……ありがとうソウイチ、助かった」
「唐辛子の種が混ざってたみたいだ。悪かったな」
「いいんですよ、ソウイチさん。食い意地の張ったフラムが悪いんですから」
「むぅ……シェリーが冷たい……」
俺の差し出したペットボトルキャップに入った水を飲み干してようやく落ち着きを見せるフラム。大人ですら悶絶する唐辛子だ、フラムにとっては激辛だったろう。しかしフラムは何やら考え込んでいる。
「この辛さは……もう少し抑えれば美味しいかも……」
「フラム? 大丈夫? おかしくなっちゃったの?」
どうやらフラムは新しい味覚に目覚めてしまったらしい。今後はもう少し辛い味付けにしても大丈夫かもしれない。
読んでいただいてありがとうございます。




