ミルーカ領にて
閑話です。
残ったパーティメンバーの話です。
アキレア王国と国境を共有する国々の一つにフロックスという国がある。国の成り立ちは古く、国力も低くないその国は、とある特徴が広く知られていた。通称『獣国フロックス』、その言葉が表すように、獣人が主体となっている国である。建国の王、獅子王フロックスの子孫が代々支配する国であり、各地に散る貴族がそれぞれの領地を治めていた。国内の政情は安定しており、貴族たちは領民を護り、国力を上げることで国への忠誠を示していた。
そしてアキレアとの国境にほど近いところに、フロックス貴族のミルーカ伯爵の治める領地があった。主要の街道を有する領地は農業、商業ともに大きな下落を見せることなく、順調に領地を豊かにしていた。その功績が認められ、近年男爵から伯爵に陞爵したミルーカ家の屋敷は領地で最も栄える街ミルキアにあった。
ミルキアの中心部に建つその屋敷は貴族の屋敷とは思えないほど武骨で、華美な装飾など数えるほどしかない。広い庭ではミルーカ家の誇る騎士団が常に鍛錬を重ねており、建物へは領内の各所に置かれた代官たちがひっきりなしに出入りしていた。
その建物の一室、武骨な屋敷には似合わない女性らしい風合いの部屋で優雅に茶を楽しんでいる一人の女性と野性味あふれる巨躯の男がいた。女性はカップを口に運ぶ手を止めると、目の前に座る男へと視線を向けた。
「どうして貴方がここにいるんですの? 宿屋の娘と故郷に帰ったんじゃありませんの?」
「あ……まぁ色々とあってな……」
「正直に言ったらどうなんです? バド? 私の目は節穴ではありませんわよ?」
「……ったく、お前にゃ敵わねえな、カルア。わかったよ、宿屋の娘から頼まれたんだよ。若い冒険者と恋仲になったはいいが、面倒な仕入先の主人に目を付けられて困ってるってな。だから一芝居うったんだよ」
「その話、宿屋のご主人も知ってましてよ? あんなあからさまな芝居に誰が引っかかるとお思いで? 御主人も娘さんのことを考えて敢えて芝居に乗ったんですわよ」
「何だよそれ、俺のしたことは無駄骨だったんじゃねぇか」
会話しているのはシェリーとフラムのパーティメンバーだった二人、パーティリーダーの『剣姫』カルアと前衛の戦士『轟剣』バドである。カルアの今の立場はミルーカ伯爵家長女であり、バドは流れの傭兵というものだ。
「で、貴方が来た理由は何ですの?」
「ああ、あの二人の受け入れを頼みたい。まさかアキレアに戻す訳にもいかんだろ。最悪連れ戻されちまう」
「余程面倒な相手に目を付けられましたのね」
「ああ、ベーカーの手の者らしい。あいつらは手段を問わないところがあるからな」
「ベーカー……あの貴族の風上にも置けない愚物ですね。わかりました、お兄様に申し上げて手続きをしていただきましょう。善良な領民が増えることは喜ばしいことですから」
カルアはバドから手渡された書類を手に取ると、そのまま懐にしまい込んだ。フロックスは獣人が大多数を占める国ではあるが、他種族に対しても広く門戸を開いている。というのもフロックスは全体的に治安が良く、平穏無事な生活を求めての移民が多いのだ。移民を受け入れるとなると治安の悪化が進みがちだが、フロックスにはそうならない理由があった。
「しっかり訓練されてるじゃねぇか」
「バドにそう判断されるとは、我がミルーカ家の騎士団も満更ではありませんね」
窓から庭で訓練する騎士の様子を見てバドが目を細める。百戦錬磨のバドから見ればようやく及第点といったところではあるが、フロックスの兵は練度が高く、国内のみならず国外にも広く知られている。そのせいか、小さな犯罪はあれど犯罪組織のようなものは生まれてもすぐに潰されている。強者は弱者を護るべきという信念のもとに常日頃から鍛錬を重ねているからだ。
「それで、貴方がここに来たのはそれだけなのですか? ではお引き取り願いましょうか」
「待て待て、本題はここからだ。アキレアから来た冒険者に聞いたんだが、シェリーが生きて帰ってきたらしい」
「本当ですの!?」
「シェリーは魔獣の従魔やら高価な剣やらお宝を持ち帰ったらしい。それが元でトラブルになったそうだ。たぶん支部長がお宝に目をつけたんだろうな。ベーカーともつながりがあったしな」
「シェリーが生きていた……フラムの考えは正しかったんですね。あの支部長のことです、そのくらいやりかねませんわ」
カルアはかつての仲間の生存を知り、時折言葉を詰まらせる。理性的に話を進めていたつもりのカルアだったが、知らないうちに感極まっていたらしい。そして支部長の暴挙についてはいずれそうなるのではと考えていたらしい。元々パーティリーダーとしてギルドとの折衝を任されていたカルアには、支部長の本質が理解できていた。それ故に貴族としての腹の探り合いを経験していた自分がリーダーとして折衝役を買って出ていたのである。
「それでな、シェリーは街を脱出して行方不明だそうだ。そしてフラムがそれを知って後を追って……同じく行方不明らしい。フラムが街を出てから十日経っても手掛かりすら見つかっていないらしい」
「そんな……シェリーだけでなくフラムまで……」
「あの二人は俺たちと知り合う前からの親友同士だ、合流していればあいつらだけが知る隠れ家にでも逃げ込んでいるんだろう」
「……ええ、きっとそうですわね……」
元々魔物が跋扈する最果ての森で隠れ住んでいた二人だ、そう簡単に人間に捕まるはずがない。ましてや斥候の能力の高いシェリーに特級の実力を持つ魔導士のフラムが組んでいる。森にでも逃げ込まれたら並大抵の冒険者では痕跡すら見つけることはできないだろう。そう考えたカルアは今自分が置かれている立場を思い出し歯噛みする。
今すぐ探しに行きたいカルアではあったが、そうもいかない事情があった。今の彼女はミルーカ伯爵家の長女であり騎士だ。そしてフロックスとアキレアの国境付近でたびたび小競り合いが起こっている。もしアキレアからの侵略があれば、最前線に立たねばならないのだ。
「国境線でのいざこざが無ければ助けにいけたんだろうがな」
「それだけじゃありませんわ、噂では神獣フェンリルが動き出したという未確認情報もあるそうです。もし神獣が動き出したのならば……確実に被害が出ます」
獣国フロックスの信奉する神獣が動き出す。それは即ち災厄が動き出すことと同義である。信奉している神獣ではあるが、それを制御出来ている訳ではない。信仰の象徴ではあるが、畏怖の象徴でもある以上、少なからず被害が出るのは確実だ。そしてカルアもバドも神獣フェンリルを見たことがある。その恐ろしさを実感したことがある。神獣と称されてはいるが、その行動は自由気儘であり、誰かが制御できるような存在ではない。たとえその牙が無差別に振るわれようにも、ただひたすら耐えることしかできないのだ。
「あのバケモノが……そりゃ洒落にならねえな」
「ええ……こんなことを頼める義理ではないのですが……」
「心配すんな、しばらくはここにいるからよ。とりあえず騎士の訓練でもしといてやるよ」
カルアもバドもシェリーの生還を喜んでいない訳ではない。むしろ今すぐ飛んでいきたいくらいではあるが、今のカルアには領民という護るべき対象がいる。そのためにはかつての仲間すら見殺しにするしかないという辛い選択を強いられていることをバドは深く理解している。だからこそカルアのもとに留まることを優先したのだ。
バドとて自分一人が残ったところで大幅な戦力増強に繋がるとは考えていない。だがやるべきことをすれば微力ながらも増強の足しになると考えたのだ。何度も死線を潜り抜けた仲間が苦しんでいるのを見過ごすことが出来ないというのは、彼の持つ不器用な優しさの表れだろう。
こうしてフロックスとアキレアは一触即発の状況になり、さらには神獣フェンリルという爆弾まで抱え込むことになった。しかし神獣の活発化という不測の出来事は、これからカルアとバドの運命を大きく変えていくことになるのだが、まだ二人がそれを知ることは無い……
読んでいただいてありがとうございます。
次話より新章です。




