11.自分らしく
『炎よ、敵を穿て。ファイヤーボール』
フラムの手から放たれた小さな火の玉は飛んできた小さな虫に当たると、瞬時に黒い塊へと変化させた。あれはカメムシかコガネムシだろう。どちらも農作物に悪影響を及ぼす害虫なので駆除してくれることはありがたいが、そんなことよりも魔法というものを目に見える形で見せてもらい、年甲斐もなく興奮している自分がいる。
見た感じはやや遅めのロケット花火のようにも見えるが、自由に飛ぶ虫に向かって不自然な軌道を描いてぶつかったので、超自然的な何かが作用していることは明らかだ。放ったフラムと傍に立つ初美はこれ以上ないくらいのドヤ顔で、俺と一緒にその光景を眺めていたシェリーは唖然としている。茶々は理解しているのかどうかわからないが、尻尾をぶんぶん振って駆け回っている。
「フ、フラム……その魔法はどうしたの?」
「ハツミに教えてもらった情報で改良した。やや速度は落ちるが目標を追尾できる。風魔法をちょっとアレンジしてみた」
「アレンジって……魔法の改良なんてそう簡単に出来るものじゃないのに……」
「この世界の情報は私たちの世界よりはるかに緻密で複雑。でもそれを読み解いて組み合わせれば今みたいな制御も可能。考え方次第でいくらでも魔法を改良できる」
「そうよね……私の剣術もハツミさんと一緒に考え出したものだし……」
「ふふーん、すごいでしょ。もっと褒めていいのよ?」
「やはりハツミはどこか違うと思っていた」
「本当に凄いです。尊敬します」
「そうでしょう、そうでしょう」
偉そうに薄い胸を張ってふんぞり返る初美、そして憧憬というかむしろ尊敬に近い眼差しで見つめるシェリーとフラム。しかし初美とフラムはお揃いの体操着、そして何故かシェリーは夏物のセーラー服を着ている。その格好はどういうことだ?
「シェリー……その服は……」
「ハツミさんが作ってくれたんですよ! ちょっとスカートの丈が短いですけど、とても可愛らしいなって……似合ってませんか?」
「い、いや、似合ってるよ」
褒めてやればはにかんだ笑顔を見せるシェリー。あのデザインは初美の母校の夏服だが、シェリーの綺麗な金髪が垢抜けない田舎の高校の制服を異国の香り漂う装いへと変えている。俺の母校でもあるので良く知っている制服だが、着る者が変わればこんなに印象が変わるものなのかと驚いてしまう。
「アタシたちだけ体操服ってのも仲間外れみたいだったし、でも体操服だとアタシたち持たざる者にとっての害悪がはっきりと主張されちゃうし、これならいいかなって。ちょっとアニメキャラみたいになっちゃったけどさ」
「いや、ハツミの選択は正しい。スカートの丈をあそこまで大胆にしたのもいい仕事をしている。恥じらうシェリーを見ながらであれば永遠にパンを食べられる」
一応はシェリーの事も考えてのこのチョイスらしい。まぁ本人たちが喜んでいるのであれば俺が口出しすることじゃない。俺も普段は見られないシェリーの姿を見ることが出来て嬉しい気持ちはある。やはり女の子はこうしてファッションのことで楽しくやるくらいがちょうどいい。
「ところでフラムちゃんって杖とか使わないの?」
「ドラゴンと戦ってる時に壊れた。やはり発動体のある杖がないと魔法の安定度が落ちる」
「そっか……発動体ってどんなものがいいの?」
「基本は水晶だけど、年月を経たものが良いとされている。杖の部分もそう」
「なるほどね……そっちのほうも必要か……」
初美が何やら考え込むようにしている。あれはおそらくフラムの武器について考えているんだろう。果たして魔法の杖の情報を聞いて再現できるんだろうか。ただシェリーの剣の例もあるし、何とかなるのかもしれないが……あいつの交友関係は未だ謎だ。
そんなやりとりを何となく眺めていると、シェリーがフラムの手を引いてやってきた。二人は俺の前まで来ると、ぺこりと頭を下げた。
「ソウイチさん、フラムのことを受け入れてくれてありがとうございます。また一緒に暮らせるなんて夢にも思っていなかったです」
「ソウイチがシェリーを受け入れる器量を持った人で安心した。それに私まで面倒みてくれるなんて、この喜びを伝える感謝の言葉が見つからない」
「そんなに大袈裟に考えなくていい、こんな田舎で小さいのが二人増えたくらいでどうなるものでもないからな。それよりもここでの暮らしに不都合はないか?」
「特にない。むしろ快適すぎるくらい。美味しい食事に快適な部屋、そして様々なキカイに知識の海へと繋がる装置……こんなに素晴らしい環境はどこにも存在しない」
知識の海……インターネットのことか。フラムは賢者と呼ばれるくらいに博識だとシェリーは言っていたし、そんな彼女にしてみれば膨大な量の情報を検索できるということは夢のようなことなんだろう。俺はパソコン類については一通りの知識しかないし、初美のほうがはるかに詳しい。そういう意味でも初美に預けたのは良かったのかもしれない。
「こんなに幸せすぎると、この恩をどう返していいかわからない。私たちにソウイチを満足させる持ち物はない……」
「そんなことは気にしなくていい、言っただろう、こんな田舎で暮らしてると多少騒がしいくらいが心地よくなるってな」
「……わかった、でもいずれ必ずこの恩を返す。もし戻ることが出来たとしても、ここまでされて何も返さずに戻るなど考えられない」
「わかったよ、期待しないで待ってるから無理しなくていいぞ」
「フラム、私たちに出来ることを頑張ればいいのよ」
「シェリー……」
恩を返すと言われても、俺としては何か特別なことをした覚えはない。むしろこれまで静かすぎるくらいだった生活が一気に明るくなって、正直なところ毎日が楽しい。非日常的な存在の二人ではあるが、言葉は通じるし考え方は都会の人間よりも人間らしい。些細なことにも驚いたり、感動したり、見ていて飽きることはない。だから今のままでいてくれることが俺たちにとっては恩返しになってると思う。
「シェリーちゃんの言う通りよ。二人に無理してまで恩返ししてほしいなんて思わないから。言ったでしょ、この世界のことをもっとよく知って欲しいって、楽しんでほしいって。だからアタシたちに恩返しなんて考えないで、もっと自分らしくしててくれればいいの」
「ああ、だからフラムもそんなに深く考えるな」
「……わかった」
少しの間考え込んだフラムは小さく頷く。こうして仮初ではあるが一つ屋根の下一緒に暮らす家族になったんだから、遠慮なんてしてほしくない。家族だからこそ、もっとのびのびと暮らして欲しいと思っているのだから……でも一つだけ言わせてもらうとするなら、趣味に没頭するのも程々にな……
この章はこれで終わります。次回は閑話です。
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