2.青い髪の人形
エアコンの効いた涼しい自室でシェリーちゃんの新しい服を考えていると、居間から茶々の吠える声が聞こえてくる。シェリーちゃんはさっきまで服の型取りに協力してくれてたんだけど、夜の見回りの影響もあって自分の部屋で昼寝中だ。こっちに帰ってきてから数日は塞ぎこんでいたんだけど、アタシたちにはそっと見守ることしかできなかった。
大好きなカブトさんを失って、大事な親友と再び会うこともできなくなったショックはアタシたちにはわからない。わからないからこそ迂闊な言葉をかけて傷つけることはできない。でも、新しいカブトムシやクワガタのおかげで少しは元気が戻ってきたようにも感じる。
「何だろ? 誰か来たのかな? でもお客さんならインターホン押すし……田舎だからそういうわけにはいかないのか」
さっきから茶々がずっと吠えてるけど、誰か来てるのかな? 田舎だからインターホン押さないでそのまま入ってくる人もいるんだよね。最近はそういう人も少なくなったみたいだけど、小さい頃は無神経に入ってくるおじいちゃんおばあちゃんが少し嫌だったっけ。
「何よ、誰もいないじゃない。茶々もさっきからうるさいよ、シェリーちゃんが起きちゃうじゃない」
「ワンワン!」
部屋から顔を出して外の様子を窺うけど、誰かが来ている様子はないみたい。まだお昼には時間があるし、お兄ちゃんが帰ってくる時間じゃないのに、どうして茶々はこんなに吠えているんだろう。不審者が来た時みたいな激しい吠え方じゃないし、もしかしてお兄ちゃん朝ご飯あげなかったのかな?
「どうしたの? お腹すいたの?」
「ワンワン! ワンワン!」
茶々は尻尾をぶんぶん振りながら走り回ってる。まるで何か嬉しいことでもあったみたいだけど、お腹が空いてるわけじゃなさそう。エサのお皿には山盛りで残ってるからね。
「茶々、シェリーちゃんは疲れてるの。静かにしないと起きちゃうでしょ?」
「ワンワン!」
「……またアタシの部屋からフィギュア持ってきたの? 遊び道具じゃないんだからね」
「ワン!」
茶々が走り回ってるのは水の容器のそば。ぶつかって零すと床板が痛んじゃうから、慌ててどけようとしてふと気づく。水の容器のそばに横たわる青い髪のフィギュアが一体、よほど振り回したのか、服はぼろぼろで顔も泥だらけ。以前はアタシの部屋の入口が開いてると勝手に入ってフィギュアを持ち出してた茶々だけど、シェリーちゃんが来て大人しくなってた。少しの間だったけどシェリーちゃんがいなかったことと、傷だらけで帰ってきたことがストレスになってまた悪い癖がぶり返したのかもね。
アタシだってシェリーちゃんがいなくなってかなり精神的なショックが残った。それはきっとお兄ちゃんも同じだと思う。人間に較べれば小さな茶々が受けた心のダメージは相当なものだと思うし、それを紛らわせるためだとしたらあまり本気で怒れないよ。茶々だって大事な家族なんだからね。
「ずいぶん派手にやったわね……あれ?」
茶々が悪戯してたであろうフィギュアを見てふと疑問が生まれた。アタシはフィギュアをたくさん作ってきたけど、自慢じゃないけど自分で作ったフィギュアは全部憶えてる。最初の頃に作った、何とかして忘れたいと思うような稚拙な出来のものでもはっきりと憶えてる。即売会用にと作った、量産タイプのものだって全部仕様は頭に残ってる。そんなアタシが抱いた大きな疑問。
アタシには今までに『青い髪』のキャラクターフィギュアを作った記憶が無い。
アタシが作るフィギュアはいつも実際にいそうなキャラクターに限ってる。アニメのフィギュアも何度か作ったけど、髪の毛は金髪だったり黒髪だったり、あるいは茶髪だったりしたけど、青髪なんて非現実的な髪色のフィギュアは作った記憶がない。
それにこの服、縫製がちょっと甘いようにも見える。自画自賛するわけじゃないけど、アタシの縫製技術はかなり高いレベルだと思ってる。それに比べたらこのフィギュアの着ている服は型取りも裁断も、そして縫製もかなり稚拙。素材は天然素材っぽいけど、アタシだったらもっといい仕上げにする。
「茶々、お人形に水かけちゃ駄目じゃない」
「クゥン……」
横たわるフィギュアは身体の半分くらいが水に濡れていた。茶々も色々とストレス溜めてたんだろうし、振り回すくらいはいいけど水で遊ぶのは駄目。悪いことは悪いと叱らないといけない。フィギュアはそんな遊び方をするものじゃないし。叱られた茶々は自分じゃないとでも言いたげに悲しげな鳴き声を出すけど、駄目なものは駄目なんだから。
「もう、駄目になったら勿体ないでしょ。とりあえずティッシュで綺麗にしてあげよう……か……」
水を拭いてあげようと顔を近づけてみれば、フィギュアとは思えない生々しい雰囲気。肌のきめや質感なんかは本物の人肌と見間違うばかりで、青い髪の毛もやや傷んでいるけど作り物のレベルじゃない。
アタシの身体に衝撃が走る。この衝撃には覚えがある。お兄ちゃんから送られてきた動画を見た時に感じた衝撃。初めてシェリーちゃんと会った時の衝撃。それと同じ種類の衝撃がアタシを襲った。
小さな身体の小さな胸がゆっくり上下してる。よーく耳を澄ませば静かな呼吸の音が聞こえる。間違いない、この子は生きてる。そしておそらく……シェリーちゃんと同じ世界から来たんだ。身体の大きさも全体的な雰囲気も、どこか似たものを感じるから。
「シェリーちゃん呼んでこないと……あ、そうだ、その前に一枚……っと。茶々、しっかり見張ってよ?」
「ワンワン!」
これはアタシ一人で対処できることじゃないから、早くシェリーちゃんを呼んでこよう。でもその前に念のために一枚写真を撮っておこう。あまりこういうことはしたくないけど、もしこの子がシェリーちゃんの敵になるようだったらそれなりの対処をしなきゃいけない。そのための交渉材料としてこの写真は使えるはずだからね。
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