1.繋がる命?
新章スタートです。
「一体どこに向かっている……」
ようやく見えた光に思わず走り出したけど、走りながらもつい本音が零れてしまう。走り出したはいいものの、あの光が出口だという確証はどこにもなく、もしかしたら罠だという可能性だってある。ただ、シェリーが生きて帰ってきたということは、この穴は出口に繋がっていると思ってる。それでなくてはあのドラゴンがこの穴を繋ぐ意味がない。
出口の先にどんなものが待ち受けているのかわからないが、今の私には進むという選択肢しか残されていない。水も食べ物もなく、魔力もほぼ底を尽いている。かろうじて意識を保って走るくらいは出来るけど、もしここで敵に遭遇したら間違いなく私は死ぬ。死にたくないという思いが私の身体を動かす。
次第に大きく、そして強くなっていく光が出口であると確信させる。その先に何があるのかなどどうでも良かった。まずは水を、そして食べ物と休息を取って魔力の回復に努めれば、何かあっても対処できるはず。仮にも二つ名持ちの魔導士である私なら何とかできるはず。
光の先にあったのは不思議な世界だった。巨大な遺跡の一部屋ようにも見えるけど、建物自体は石ではなく木で作られていて、床の代わりに草を編んだ敷物のようなものがある。部屋の中央には台座のようなものがあり、そこに階段が取り付けられている。見るものすべてが初めてのものばかりで、詳しく調べたい気持ちもあるけど、今はそれどころじゃない。
「水……水……あった、これは池?」
遺跡の中に泉があるのは珍しいことじゃない。ダンジョンと化した遺跡では泉は貴重な休憩場所だ。もちろん魔物も来るけど、そんなときはパーティの区別なく皆で協力して撃退するくらいに大事にされてる。そして目の前にあるのは大きな金属のようなものになみなみと湛えられた水。遺跡の泉とは違うのは、ゴミや虫の死骸の類が全くない綺麗な水だということ。透明度の高さはこの水場が安全なことの証明だ。少なくとも水中に潜む魔物の姿はない。
「ん……んぐ……んぐ……はぁ……美味しい……」
私はこの水の美味しさを死ぬまで忘れないだろう。私の命を繋いだ水は疲れた身体の隅々まで染みわたり、ほんの一瞬だけ私の心にやすらぎを与えてくれた。でもそれは本当にほんの一瞬だけ、まだ安心できる状況じゃない。まだ私の身体は必要なものがあると訴えている。極限まで辛抱してくれた私のお腹が「もうこれ以上は無理」とばかりに主張を始めている。
「……いい匂いがする」
水を飲んで落ち着いたのか、それともより嗅覚が敏感になったのか、どこからともなく漂ってくる匂いに気が付く。肉とも魚とも言えないけど、食べ物らしい匂い。街を出てから何も食べていないことを思い出し、より一層空腹感が強くなった。匂いのする方向に自然と足が動き、罠かもしれないと思いつつも止まることが出来ない。
「何これ……大きな皿? 匂いの元はこの丸いのみたい……」
巨大な皿のような置物の上には掌サイズの茶色い球形の何かが山積みになっていた。恐る恐る一個を手に取ると、やっぱり匂いの元はこれだった。とても美味しそうな匂いが私から正常な思考能力を奪い、もう我慢なんて出来なくなっていた。これが毒だとしてもかまわない、こんな美味しそうな匂いの食べ物をお腹いっぱい食べられるなら、ここで死んでも構わないとすら思ってしまうほどに……
匂いから判断するに、保存食のような感じに思える。と言っても私の記憶にある保存食とは違うようで、やはり肉や魚の干したものの匂いが強い。硬くはあるけど、少しずつならナイフで削り取れるので一口大に削り出してみると、焼き菓子のような感触がある。削るとその匂いはさらに強くなり、それに伴い私の空腹も限界を超えてしまった。削り出したそれを躊躇うことなく口に入れる。
「……美味しい」
口の中に入れた瞬間に広がるのは凝縮された肉の旨み。一体何をどうすればこんな美味しい保存食が出来るのだろう。私の知る保存食とは麦と木の実を混ぜて練ったものを焼き固めたようなもので、決して美味しいものじゃない。ただ腹持ちが良くて栄養価が高いから食べているだけで、こんな美味しい保存食があれば皆喜ぶはず。
そこから先はもう止まらなかった。何個かを抱えて水場に戻り、水を飲みながらかぶりつく。乾いたパンのような感じなので、食べていると喉が渇くけど、水を飲みながらなら問題ない。一口食べる毎に旨味と滋養が身体に行き渡るのを実感できた。食べることに夢中になったせいで、こんな美味しい食べ物がここに置いてある理由を考える余裕などなかった。
私のような来訪者を出迎える為だとは思えない。そんなお人よしがいるなんて思えない。となればこれを食べる者のために用意されたものであるのは明らかなのに、今の私は食べることに必死になりすぎて何もわからなくなっていた。周囲の警戒も怠り、ただ自分の腹を満たす行為に没頭した結果、何かが近づいてくる気配すら感じ取れなかった。
突如背後に感じた獣の気配。間近にまで接近を許した自分に呆れながらも杖を握りしめる。幸いにも水と食事のおかげで僅かばかりの魔力が戻ってきている。小さな獣ならば倒してしまえばいいし、魔物ならば魔法で多少のダメージを与えて逃げればいい。そう考えて後ろを向いた時、自分の考えがどれだけ甘いものかを思い知らされた。
それは炎。
オレンジ色の炎の獣毛を纏った巨大な獣が私を見下ろしていた。
鋭い牙が垣間見える顎は私を捕食するべく大きく開かれ、その瞳はこれから味わう新鮮な血肉を思い浮かべているのか輝いていた。あの時必死の思いで逃げ切ったドラゴンに比肩するような巨躯の魔物を前にして、私の意識はそこで無くなっていた。
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