死闘の果てに
閑話です。
ちょっと長いです。
「でもさ、シェリーちゃんとカブトさんだったらそんな奴ら圧勝じゃないの? 変な言いがかりつけてくる連中なんてやっつけちゃえば良かったのに」
「そういう訳にもいきませんよ。私だけなら別の国に逃げればいいですけど、他の人たちは商売してましたから。お世話になった人たちに迷惑かけたくなかったんです」
「そっか……でも仲間はいいの? まだシェリーちゃんのこと探してる親友がいるんでしょ?」
「はい……」
居間の座卓の上に座って小さなクッキーを頬張るシェリー。その横では初美が同じクッキーを無造作に口に放り込みながら麦茶を飲んでいた。シェリーは最近お気に入りになった白のロングワンピース、初美は高校時代の体操着にハーフパンツという、とても二十代半ばの嫁入り前の娘とは思えない姿で、胸に大きく貼り付けられた『佐倉』のゼッケンがとても痛々しかった。最早小学生にも負けるのではないかと思える胸の平坦さがゼッケンをはっきりと視認させている。
昼下がりのひと時、宗一はいつも通りに畑に出ており、茶々も涼しい部屋の中で気持ちよさそうに眠っている。カブトムシとクワガタムシは喧嘩することなくかつてカブトさんが使っていた箱の中で昼寝中だ。シェリーが戻ってきたおかげで再び仕事に没頭することが多くなった初美の休憩に付き合う形でクッキーと麦茶を楽しんでいたシェリーは初美の言葉に表情を翳らせた。
もしシェリーがあの時に全力で抵抗していれば、逃げ帰ってくることはなかったのかもしれない。どこか別の国まで逃げて、そこでほとぼりが冷めるまで待てばいいだけだ。だがシェリーの持ち物を横取りしようと企む者たちが、シェリーが逃げたからといってすぐに溜飲を下げるとは到底思えない。
となればその矛先は彼女に協力した人たちに向かうのは明らかで、自由気ままな冒険者ならともかく酒場の主人や鍛冶屋、素材屋となれば既に店を構えており、簡単に逃げるようなこともできない。シェリーがほぼ無抵抗で逃げ出したのは、彼らに不当な影響が及ばないようにとの考えによるものだった。
ただ一つ、彼女が心配なのは、未だ自分の無事を信じて探し続けてくれた親友のこと。酒場の主人からの連絡により、自分が生還したという一報は彼女のもとに届いているはずで、再会できることを信じて街にやってきた彼女がどれだけ落胆するのかを考えると胸が痛んだ。シェリーとて親友との再会は心より待ち望んでいたものだったのだから。
「……大丈夫ですよ、フラムなら……わかってくれるはずです」
「そう……それならいいんだけど……」
シェリーの声のトーンが下がったことを察して初美はその話題を終わらせた。初美とて親友と呼べるくらいに親しい友人はいるが、絶対に会えないような状態ではない。しかしシェリーの場合、次に世界を繋ぐ穴がいつ開くのかがわからない以上、再会の目途は全く立っていない。会いたいのに会えないという苦しみがどれほどのものかが分からない初美には、敢えて触れないようにすることくらいしか思いつかなかったのだ。
**********
顔見知りの酒場の主人からの使い魔という珍しい出来事に驚いたフラムだったが、その足に括り付けられていた手紙を読んだ彼女は心臓が止まりそうになるほど驚いた。いくら探しても決定的な手掛かりの無かったシェリーが、突然戻ってきたというのだ。何がどうなっているのか理解が追いつかなかったが、親友が生還したことは素直に喜ぶべきことと思ったフラムは読みかけの本を閉じることもせずに旅装束を整えると、すぐさま自分の研究室を後にした。
自分の馬にありったけの補助魔法をかけ、疲労の色が見えれば即座に治癒魔法で回復させ、昼夜を問わずに走り続けた。途中で盗賊やらゴブリンやらオークやらが襲い掛かってきたが、馬の脚を止めることなく放った魔法で全て消し炭にした。自身も休息をとることなく、干し肉と水で飢えをしのぎながら進み、本来ならば十日はかかる道のりを僅か三日で走破して街に着いたのである。
「一体何があった? 簡潔に話せ」
「くっ……今更何を……」
「簡潔に話せと言った。お前には私の情報を横流ししたという前科もある。言わなければ燃やす」
シェリーとの再会に心躍らせたフラムが見たものは、街中で小競り合いするベテラン冒険者と若い冒険者、そして見知らぬ騎士くずれの男たち。当のシェリーの姿はどこにもない。聞けば冒険者ギルドの支部長がシェリーを手配したという。それも稀少なものを多数持ち帰ったがそれを独占したからという意味不明な理由で。支部長にはフラムの情報を王家に売ったという前科もあり、瞬時に怒りの沸点を超えたフラムはそのままギルドに向かい、なぜか支部にたむろしていた騎士くずれを簡単に制圧すると、支部長室に殴り込んだのである。
杖の先に火魔法を凝縮させ、いつでも発動させられる状態にした球体を支部長の鼻先に突き付けながらフラムは問う。本来ならこの場で消し炭にしてもいいのだが、王家とのつながりのある人物を惨殺したら何かしらの動きがある可能性も捨てきれないため、こうして尋問しているのだ。かろうじてそのくらいのことを考える自制心はあったらしい。
「シェリーが悪いんだ! あんなお宝を持ち帰りながら何の情報も出さないとは! だからギルド支部長権限で手配したんだ!」
「お前は馬鹿なのか? 冒険者が命がけで知り得た情報をタダで知ろうなど、本当にお前は冒険者だったのか?」
「う、うるさい! 私は悪くない! 王家と繋がりが出来ればギルドは安泰なんだ!」
「はぁ……もういい、とにかくシェリーは見つかっていないということか」
労力に見合うだけの情報を得られなかったフラムはギルドを後にする。街では王族の誰ぞがアーティファクト級の剣を手に入れたとか、珍しい毛皮が出回っているとかいう信憑性に疑問のある噂が立っていたが、そんなことに気を取られることなくいつもの酒場に向かった。もしシェリーが戻ってきているのなら、必ずそこに顔を出すはずと考えた末の行動だ。
「お前のところに向かったんだが、まだ着いてなかったのか?」
「ここまで一気に来たけど、誰にも会わなかった」
酒場の親父の話では、ギルドがシェリーを手配したその日に街を脱出したという。シェリーが生還したことは疑いようのない事実であることに胸を撫でおろす反面、自分のところに向かったというシェリーとすれ違わなかったことに疑念が生まれる。追われている以上、出来るだけ街から離れようとするはず、少なくとも寄り道をするような状況ではなかったはずだ。フラムが思考に没頭しようとした時、酒場の親父が声をかけてきた。
「なぁフラム、ちょっと見てほしいものがあるんだが」
酒場の親父がそう言いながら懐から出したものを見てフラムは目を見張る。冒険者なら誰もがその採取依頼が常に出されていることは知っている。そしてその依頼が達成されたことは数えるほどしかないことも。それほどに誰もが欲し、常に高値で取引されるものを、冒険者向きの薄汚い酒場の親父がどうして持っているのかと。
「これは……胡椒? でもこんなに大きなものは初めて見る……」
「だろ、こいつをシェリーが持ってきたんだ。こいつもそうだ、少し舐めてみろ」
「甘い! これは砂糖?」
「ああ、それに塩やハーブもな。これだけじゃねぇ、付いてきな」
酒場の親父に促されて店を出ると、向かったのは素材屋だ。フラムも冒険者として何度か直接依頼を請けたことがあり、魔法の研究をする際の触媒を買ったりしていて顔なじみでもあるが、酒場の親父は何故か店の裏口に向かった。
「どうして正面から入らない?」
「お前が来たら連れてきてくれって言われてるんだよ。これから見せるもんは大っぴらにできねぇからな」
酒場の親父の真剣な目が決して冗談の類ではないことを物語っており、それを見たフラムは黙って後をついてゆく。素材屋の裏口から入って向かったのは大きな倉庫、フラムの記憶が正しければ、鍛冶屋と共同で使っている倉庫のはずである。貴重品も取り扱っているため、フラムが盗難防止のために細工をしたので憶えていた。
魔法による幻影で壁に偽装された扉を抜けると、倉庫の隠し部屋に着いた。どうやらフラムが街に来たことを知った鍛冶屋と素材屋は先に来て待っていたらしいが、フラムの目は隠し部屋の大部分を占拠しているものに釘付けになっていた。
そこには二種類の毛皮。片方は見るからに柔らかそうな獣毛の毛皮、もう片方は毛質こそ固いものの、頑丈そうな毛皮。しかし問題はそこではない。その大きさがフラムの目を逸らすことを許さなかった。特に頑丈そうな毛皮はその大きさから災厄級の魔物と言われても誰も疑わないだろう。
「上質なほうは三分の一、そっちのは五分の一くらいは捌いたんだが、まだこんな状況だ。フラム、お前の見立てではこの毛皮はどんな奴だったと思う?」
素材屋の問いかけにフラムは言葉が出なかった。何よりその大きさが尋常ではない。しかもこれで全部ではないとすると、本当に災厄級の魔物ではないかと思えてくる。しかしこうして毛皮がある以上、誰かが倒したのは間違いない。
「わからない。こんな巨大な魔物が本当に実在したのなら伝説になっているはず。もしかしてこれも?」
「ああ、シェリーが持ってきたんだが……お前の目から見て、シェリーはこいつを倒したと思うか?」
そう言われてフラムは考え込む。シェリーは確かに斥候としては有能で、魔法と剣術を組み合わせた戦い方は状況次第では強い部類に入るが、決定的な火力不足という問題がある。少なくともシェリーにこの毛皮の持ち主を一撃で仕留めるだけの力はない。すぐそばで鍛錬や実戦を見続けてきたフラムだからこそそう判断できる。
いや、この魔物を一撃で屠るなどフラムでも無理だ。かつてのパーティの全力をもってしてもそれは叶わないだろう。魔法で動きを制限しつつバドとカルアの剣でじわじわと体力を削り、動きが鈍ったところでフラムの大火力魔法で仕留めるのが大きな敵との戦い方だが、それではこんな綺麗な状態で毛皮が残ることなどない。
「シェリーでは無理、いや、私たちでも無理。こんな巨大な魔物を一撃で倒せる者がいるなんて信じられない」
「だがここに現物がある以上はな……となるとシェリーが飛ばされた先にいた奴がやったんだろうな」
「飛ばされた? そうだ、シェリーはどこに?」
「味方についた冒険者の話だと、まっすぐ最果ての森に向かったらしいが、追手もかなりいたらしい。もしかするとどこかで身を隠しているのかもな」
「……わかった、ありがとう」
フラムは素材屋の言葉を聞いてすぐに街を後にした。自分のところに向かったはずのシェリーとすれ違わないとすれば、やはりどこかに身を隠しているのだろう。そしてフラムには心当たりのある場所があった。もし自分が同じ状況に陥ったとしたら、かなりの確率でそこに向かうはず。馬を走らせながら、フラムは思う。
「あのダンジョンなら……」
最果ての森に向かう道から少しそれた森の中にあったダンジョン。シェリーが行方不明になったあのダンジョンなら身を隠すのにうってつけである。なにしろ斥候として一度最下層まで辿り着いており、内部構造は頭に入っているはず。追手を撒くにはこれ以上適した場所はない。ならばシェリーはそこでほとぼりが冷めるのを待っているはず。自分が迎えに来るのを待っているはず。その思いがフラムの心を逸らせる。
本来なら魔導士であるフラムが単独でダンジョンに入るなどということはない。だが今は時間が無く、それ以上にシェリーが心配なために迷うことなくダンジョンへと足を踏み入れる。これで都合三度目、フラムも内部構造は把握しているので、問題なく最下層へと辿り着くことができた。そしてあの部屋に入るが、そこにシェリーの姿は無かった。しかし前回来た時とは明らかに違う様子にフラムは何かがあると直感した。
生活感が感じられた。直前とまではいかないが、数日前までここに誰かがいたであろう気配が残っている。まだ断定はできないが、おそらくそれはシェリーの気配ではないかとフラムが結論付けようとした時、部屋の中央付近で異質なものを見つけた。
それは脚。まるで甲冑を着けているような巨大な脚はフラムの知識の中にも存在しない。そして思い出す、街で話を聞いたとき、シェリーは甲冑に身を包んだような六本脚の魔獣に乗って現れたと。となれば間違いない、シェリーは確実にここにいた。だが姿が見えないことと、魔獣の脚だけが残っているという事実がフラムを悩ませる。では一体シェリーはどこへ行ってしまったのか。
思考に集中するフラムはほんの数分間ではあるが、周囲への警戒を怠っていた。いつものフラムならばそんなことはあり得ず、親友のシェリーが絡むことだからこその行動だと言えよう。しかしここではそれが大きく裏目に出た。巨大な影が自身を覆い隠すまでその存在に気付かなかったのである。
「……そ、そんな……まさか……」
フラムは決して無防備だった訳ではない。警戒を怠ってはいたが、魔法による探知を働かせていた。それ故に警戒を怠ったということもあるが、これまでの経験上その探知をすり抜ける者などおらず、それを責めるのは酷というものだろう。そもそも相手のほうがフラムよりもはるかに格上なのだから、フラム程度の探知を無効化するなど造作もないことだ。
『グルルルル……』
「本当にいた……ドラゴン……」
山のような巨体、輝きを放つ強固な鱗、大空を自在に駆ける巨大な翼、そして……圧倒的なまでの威圧。シェリーがあの時言ったことは本当だったのだ。それを自らの身体で味わったフラムは絶望した……訳ではなかった。その目に怒りの感情を宿らせてドラゴンを見上げる。
「よくも……よくもシェリーを……」
フラムは悟る。冒険者が束になってもかなわなかった魔獣の脚がここに残されている理由、そしてシェリーがいない理由。そして明らかになったドラゴンの存在。つまりシェリーは魔獣と共にこのドラゴンの餌食になってしまったのだ。ようやく生還した結果、街から追われ、こんなダンジョンの最下層で恐怖に慄きながらドラゴンに噛み砕かれていくという最期がどれほど悲惨なものか、フラムは考えたくなかった。だがもしあの時、自分が森に帰らずに街で暮らしていたらシェリーはこんな結末を迎えることは無かったかもしれない。ドラゴンに対しての怒りに加えて、自身に対しての怒りが上乗せされてフラムを狂わせる。たった一人でドラゴンと戦うという無謀極まりない選択をさせてしまうほどに。
「シェリーの仇! 殺してやるぞ!」
名も知らぬダンジョンの最下層にて、巨大なドラゴンと小さな小さな魔導士との絶望的な戦いの火蓋が切られた。
**********
一体どれほどの時間が経っただろうか、フラムとドラゴンの戦いはまだ続いていた。魔法戦専門のフラムの戦い方はパーティでの戦いがほとんどで、前衛となるバドとカルアに補助魔法を使いダメージを重ねつつ、回復をしながら大技を狙うというもので、単独で挑むことはまずない。ゴブリンや盗賊程度なら問題なく蹴散らせるが、相手はゴブリンが何万匹かかっても掠り傷すらつけられないであろうドラゴンとなれば、ここまで戦局を引き延ばしたことは賞賛に値する。
自身に補助魔法を重ね掛けして敏捷性を上げて物理攻撃を躱し、且つ防御結界を張ってドラゴンのブレスを防ぐ。さらにその状態で大火力の攻撃魔法を放つという、通常の魔導士では到底無理なことをやってのけるのは『最果ての賢者』の二つ名を持つ特級冒険者の実力によるものだろう。
だがフラムにとって戦況は悪く、そこまで自身に負担を強いる戦い方は決して良いものではない。強引に能力を底上げされた身体は悲鳴を上げ、魔法の連続・重複使用は容赦なく彼女の魔力を奪い取ってゆく。二つ名を持つ魔導士であり、魔力の保有量は並外れたものを持つ彼女ではあるが、決して無尽蔵に魔力を有する訳ではない。魔法を使い続ければいずれ尽きてしまうものだ。さらに戦況を悪化させているものは……
『グルルル……』
「くっ……硬い……」
先ほどから何度も放っている魔法はドラゴンの強固な鱗を貫くことが出来ていない。いくら放っても掠り傷すら与えられない状況は、フラムの心を削り取ってゆく。このままいけばジリ貧で、結末は魔力切れにより動けなくなったフラムをドラゴンがトドメをさすというものに他ならない。
フラムの抵抗が弱まったことを確信したのか、ドラゴンは不意に攻撃の手を緩めた。と同時に周囲に攻撃のためではない何らかの力が満ちはじめる。高位のドラゴンは独自の魔法を使うと言われているが、フラムにとってもそれは初めて見るものであった。濃密な魔力が渦を巻き、やがて収縮して深い闇を作り出す。それを見たフラムの脳裏にシェリーの言葉が甦る。
「これは……穴? そうか! 穴だ!」
あの時シェリーは横穴があると言っていた。だがその後に来たときは穴など無かった。もしシェリーの言う穴がこのドラゴンにより作られたものであるなら、ここからシェリーの飛ばされた場所まで行けるはずである。ドラゴンがこの穴を作り出した理由は分からないが、この場から逃げることも可能となった今、フラムのとるべき行動は一つである。しかしそれはドラゴンも承知の上だったようで、フラムが穴に向かって動けばいつでも攻撃出来る体勢を整えていた。
「逃がすつもりはない……か。ならこれはどう?」
『グルァ?』
フラムの持つ杖の先に光の玉が生まれる。杖を振るえばその玉は真っすぐにドラゴンに向けて飛んでいくが、その魔法に自分を殺傷出来る威力が無いことを即座に見抜いたドラゴンは無造作にそれを腕で払おうとした。そして腕に触れた瞬間、フラムの口元に浮かんだ笑みすら見えなくなるほどの強烈な閃光が弾けた。閃光とともに撒き散らされた爆風は竜鱗を傷つけるには威力不足だったが、フラムが笑みを浮かべた理由はそこにはない。
ドラゴンの視界が戻ったその時には既にフラムの姿はドラゴンの前から消えていた。ドラゴンが再びフラムを視界に捉えた時には彼女は穴の前に立って笑みを浮かべていた。
「この魔力の流れからすると使えるのは一回きり、つまり私が使ってしまえばお前はもう追ってこれない」
『グギャアァァ!』
フラムこ言葉を理解したのか、ドラゴンが激昂するが時すでに遅しである。フラムが放った魔法はドラゴンの目を眩ませると同時に爆風を放ったが、それはドラゴンを傷つけるためのものではない。フラムの小さな身体を穴の前まで運ぶため、つまり自分自身を吹き飛ばすためのものだったのだ。一歩間違えばその勢いで命を落とすかもしれない賭けではあったが、フラムはその賭けに勝った。着用しているローブはボロボロで、一部下着すら見えている状態ではあったが、フラムは穴の前まで辿り着くことが出来たのだ。
「もうお前に付き合っていられない。せいぜい悔しがるがいい」
そしてフラムはドラゴンの怒り狂う叫び声を背に受けながら、穴の中へと消えていったのである。
**********
どれほど歩き続けただろうか、フラムは痛む身体を引きずりながら進んでいた。治癒できるほどの魔力も残っておらず、水も食料もない。しかしここで死んではシェリーに会わせる顔が無い、その気持ちが彼女の小さな身体を突き動かす。
「シェリー……ごめん……私は……生きたい……」
親友であるシェリーがあのドラゴンに遭遇して勝てるとは到底思えない。ならば自分もその後を追おうとすら考えたが、果たしてシェリーがそれを望むかといえば、答えは否だろう。冒険者ならば仲間の死を受け入れ、乗り越えて生きていかなければならないのだ。バドとカルアがとった行動の真意をようやく理解したフラムは、大粒の涙を零しながら歩く。
自分は生きなければならない。大事な親友の分も、別れた仲間たちの分も。ただその思いが石のようにすら感じる足を動かす。そして時間すら忘れてしまうくらい歩き続けた時、フラムの目に小さな光が見えてきた。それは間違いなく出口、生命を繋ぐ光を見たフラムは残された力を振り絞るように、重い身体に鞭打って走り出した。
新たな来訪者の予感が……
次話から新章です。
読んでいただいてありがとうございます。




